東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3431号 判決 1991年3月22日
(目次は編集部が便宜上付したものである。)
《目次》
当事者の表示
主文
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らの地位
2 原告らの腰痛発症の経過について
3 原告らの従事した業務
4 原告らの腰痛の業務起因性
5 被告AGS(空港グランドサービス)の責任
6 被告日本航空(JAL)の責任について
7 損害
8
二 請求原因に対する認否
(被告AGS)
1〜6
(被告JAL)
1〜4
三 被告らの主張及び抗弁
(被告AGSの主張)
1、2
3 原告らの治癒の遷延
(被告JALの主張)
1 被告JALの責任を基礎づける事実の主張に対して
2 被告JALと法的責任の根拠に関する主張について
(被告AGS及び被告JALの抗弁等)
1 訴え変更の不許
2 消滅時効
3 責めに帰すべき事由の不存在
4 過失相殺
四 被告らの主張に対する原告らの反論並びに被告らの抗弁に対する原告らの認否及び主張
(被告AGSの主張に対する反論)
1、2
(被告JALの主張に対する反論)
(抗弁等に対する認否及び主張)
1〜4
第三証拠
理由
第一請求原因について
一 原告らの地位
二 原告らの疾病の発症と経過
1 原告野口について
2 原告沼田について
3 原告高橋について
4 原告らの罹患状況について(まとめ)
三 原告らの業務内容
1 原告らの作業について
2 原告らが従事していた主な作業の具体的な内容について
3 原告らの勤務時間について
4 原告らの業務従事期間と業務内容の変遷について
四 原告らの作業姿勢及び作業環境
1 原告らの作業姿勢について
2 作業環境について
五 原告らの業務量
六 原告らの被告AGS入社前及び勤務時間外の生活内容
1 原告らの入社前の生活内容について
2 原告らの勤務時間外の生活内容について
七 原告らの腰痛症に対する調査及び認定について
1 原告らの腰痛症に対する労災認定
2 被告AGSの腰痛症に対する調査
八 原告らの腰痛症の業務との因果関係
1 業務起因性の意義について
2 原告らの従事した業務内容について
3 原告らの業務従事期間について
4 腰痛症の発症、推移と業務内容との相関関係について
5 作業環境について
6 作業量について
7 原告らの腰痛を発生させる他の要因の有無について
8 結論
九 被告AGSの安全配慮義務違反
1〜3
一〇 被告JALの責任
1 (見出しなし)
2 作業工程の把握や作業方法の監督などの点について
3 作業時間などの規制の有無及び作業場所の管理などの点について
4 専属的下請関係か否かの点について
5 被告AGSが被告JALの組織的な一部といえるか否かの点について
6、7 (見出しなし)
第二抗弁等について
一 訴えの変更(請求の拡張)の当否
二 消滅時効の抗弁について
三 帰責事由不存在の抗弁について
四 過失相殺の抗弁について
1 腰痛症の発症及び継続についての勤務外の要因
2 原告らによる嘱託医の受診拒否について
3 (見出しなし)
第三損害
一 得べかりし利益
1、2
二 慰謝料
三 過失相殺に準ずる損害の負担割合に基づく減額
四 損益相殺
五 弁護士費用
六 (見出しなし)
第四結論
(別紙)<略>
計算表1〜3
算出表1〜3
目録1〜3
得べかりし利益目録1〜3
計算基礎額1〜3
別表1の1〜3、2〜5
原告
野口元次
同
沼田正明
同
高橋金太夫
右原告ら訴訟代理人弁護士
船尾徹
同
勝山勝弘
同
海部幸造
同
阪口徳雄
同
宮川泰彦
同
市来八郎
同
村野守義
同
沢藤統一郎
同
清水順子
同
小池通雄
同
坂井興一
同
小林和恵
同
川上耕
同
大川隆司
同
亀井時子
被告
空港グランドサービス株式会社
右代表者代表取締役
吉高諄
右訴訟代理人弁護士
河村貞二
被告
日本航空株式会社
右代表者代表取締役
利光松男
右訴訟代理人弁護士
西迪雄
同
高橋勲
同
向井千杉
同
富田美栄子
同
木南直樹
主文
一 被告空港グランドサービス株式会社は、
1 原告野口元次に対し、三一〇万三八四九円、及びうち一五〇万円に対する昭和五〇年五月一日から、うち別紙計算表1の各「認容額」欄記載の各金員に対する同表の対応各「起算日」欄記載の日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を、
2 原告沼田正明に対し、三〇三万二九五三円、及びうち一五〇万円に対する昭和五〇年五月一日から、うち別紙計算表2の各「認容額」欄記載の各金員に対する同表の対応各「起算日」欄記載の日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を、
3 原告高橋金太夫に対し、三一三万円一四〇五円、及びうち一五〇万円に対する昭和五〇年五月一日から、うち別紙計算表3の各「認容額」欄記載の各金員に対する同表の対応各「起算日」欄記載の日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
二 原告らの被告空港グランドサービス株式会社に対するその余の請求及び被告日本航空株式会社に対する請求を、いずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告空港グランドサービス株式会社との間では、これを一〇分し、その三を同被告の、その余を原告らのそれぞれ負担とし、原告らと被告日本航空株式会社との間では、全部原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項1ないし3につき、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告野口元次に対し、金員一一四七万円二五九一円及び別紙目録1記載の請求金額欄の各金員につき同期日欄記載の各日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、各自、原告沼田正明に対し、金一一三〇万〇〇〇二円及び別紙目録2記載の請求金額欄記載の各金員につき同期日欄記載の各日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、各自、原告高橋金太夫に対し、金一〇八四万七一二〇円及び別紙目録3記載の請求金額欄の各金員につき同期日欄記載の各日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする
5 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らの地位
原告らは被告空港グランドサービス株式会社(以下被告「AGS」という。)に雇用され、入社後羽田客室課(国内線客室第一課)に配属されて、航空機(国内線)のクリーニング・セッティング業務及びその準備作業(以下「機内クリーニング作業」という。)に従事してきたものである。
2 原告らの腰痛発症の経過について
(一) 原告らの被告AGSへの入社
原告野口は、昭和四七年一月二五日に、原告沼田及び原告高橋は、同年四月一日にそれぞれ被告AGSに入社し、いずれもX線の腰部検査を含む健康診断を受け、搭載業務就業可能との判定を受けて機内クリーニング作業に従事した。
(二) 原告野口について
(1) 就業
原告野口は、入社時の健康診断の際、搭載業務可能(腰部所見A)と判定され、昭和四七年三月一四日より機内クリーニング作業に従事し、同月二三日より交替制勤務に従事した。
(2) 発症
原告野口は、右交替制勤務に従事してから腰が重く感ずるようになり、昭和四七年五月下旬以降からは深夜勤務の明け方や雨の日の作業の際に腰部に重苦しさや時に痛み、だるさを感じるようになった。
そこで、同年六月六日に検診を受け、被告AGSの嘱託医(以下「嘱託医」という。)より筋々膜性腰痛と診断されたが、右医師から特別の注意、指示も受けず、また、再受診の指示も受けなかったので、従来どおり、機内クリーニング作業に従事した。
(3) 悪化
被告AGSの業務は、昭和四七年六月二九日より、タイムチェック制が導入され、作業量が増加したが、原告野口は、とくに作業の軽減を認められることもなく仕事に従事していたところ、同年一二月ころより腰痛が悪化し、昭和四八年一月には、痛みのためしばしば作業を中断せざるを得ないようになった。
しかるに、同年二月の嘱託医による診察では就労能力の低下を認められながら、これといった治療もなされないまま、作業軽減等の措置もとられず、原告野口は、痛み、疲れをおして作業に従事していたところ、腰部のみならず足に痛みや痺れを感じるようになり、その後も痛みは次第に強まり、同年五月ころには腰から足にかけて疼痛を感じるようになった。
(4) 休業による症状軽減と勤務による再悪化
原告野口は、痛みがひどくなったことから、昭和四八年六月二二日から松井外科医院の松井繁医師(以下「松井医師」という。)の診断により休業したこと及び同年七月一日からデイオンリー勤務に勤務制限がなされたことなどからその症状が軽減し、同年八月一三日からスイングデイ勤務が可能となったが、同年九月五日から交替制勤務(ナイト勤務)に従事したところ、作業中に腰から足にかけての疼痛が再発した。
(5) 休業、リハビリによる回復
原告野口は、昭和四八年一〇月には、足から腰にかけての痛みのため立って歩くことも座っていることも出来ず、仕事を休まざるを得ない状態となり、同年一〇月一六日、大田病院の診断を受け、同病院に同年一〇月一九日から同年一一月三〇日まで入院後、その指示により昭和四九年六月二日まで休業し、休業中の昭和四八年一二月から大田病院への通院とリハビリ治療を受けたことで次第に症状も軽快し、昭和四九年六月以降軽作業を行う制限時間勤務(軽作業)等段階的に職場復帰をはかり、昭和五〇年三月より三日勤務一日公休のサイクルでステップ誘導作業に従事できるまでに回復した。
(三) 原告沼田について
(1) 就業と発症
原告沼田は、入社時の健康診断で、搭載業務以外の業務可(腰部所見B)と判定され、昭和四七年四月一七日より機内クリーニング作業の交替制勤務に従事し、同年六月ころから作業中あるいは作業後に腰に重い鈍痛を感じるようになり、同年一〇月ころから次第に大腿部の裏側やアキレス腱にかけて痺れるような重い鈍痛が走るようになった。
(2) 悪化
原告沼田は、昭和四八年八月一日ころには、痛みがひどくなり同月二七日の嘱託医の検診で筋々膜性腰痛との診断を受けた。右検診では、症状が悪化傾向にあり勤務能力が低下していると診断されたにもかかわらず、人員の調整がつかないなどとして、同人は、従前どおりの深夜交替制勤務に従事していたところ、同年二月二日には足の痛み、痺れで通勤が不可能な状態となった。
そこで、原告沼田は、嘱託医の検診を受け、その指示で、同年二月七日からデイ勤務となったが、同日の嘱託医の診断によれば、その他の軽作業可能のランクに就労能力の低下が認められたにもかかわらず、その後二週間、機内クリーニング作業に従事させられた後、軽作業、車両チェック、ステップ誘導などの仕事に従事していたが、症状は軽快せず、同年八月から九月にかけて症状が悪化し、同年八月三一日の検診ではラセグー症候が左側七五度以内に認められるようになったが、嘱託医から休業、勤務時間制限などの指示はなされなかった。原告沼田は、同年一一月に嘱託医の診断で一週間休業したが、復帰後も病状が悪化している状態であると診断されたのに勤務制限の指示がなされないままデイ勤務に従事したため、さらに症状が悪化した。
(3) 休業、リハビリによる回復
そこで、原告沼田は、同年一二月二七日より大田病院に通院を開始し、同病院の指示により昭和四九年一月一七日から二か月間休業し、その間リハビリ等の治療に努めたことにより症状が徐々に回復し、昭和四九年三月二〇日より週五日勤務で一日三時間のステップ誘導作業に復帰し、その後も通院、リハビリを行いながら段階的に職場復帰をはかり、同年六月二一日から軽作業を行う通常日勤、昭和五〇年四月七日から深夜勤務を除く機内クリーニング作業に従事できるまでに回復した。その後、昭和五二年一〇月に腰痛が悪化したため再び一か月間休業したが、その後制限勤務を行うなどリハビリテーションを行った。
(四) 原告高橋について
(1) 就業及び発症
原告高橋は、昭和四七年二月被告AGSの入社時の健康診断で、搭載業務以外の業務可(腰部所見B)と判定され、同年四月一六日より機内クリーニング作業の交替制勤務に従事したが、同年五月中旬ころから腰に痛みを感じはじめ、同年六月二二日ころには腰部に痛み、だるさ、重さ等を自覚するようになったので、同日被告AGS嘱託医の検診を受けた。右検診で嘱託医より筋々膜性腰痛と診断され、投薬を受けたが、右診断内容は原告高橋には知らされず、作業についても制限の指示がなされなかった。また、原告高橋は、同年七月の特別腰部検診を受け、トレーニングを要する旨の診断がなされているのに、右診断内容は同人に説明されなかった。
(2) 悪化
そのため原告高橋は、腰部の痛み、重み、だるさを自覚しつつもそれをおして従前どおりの勤務を続け、同年六月二九日に導入されたタイムチェック作業などにも従事していたため症状が悪化し、同年一〇月ころには腰部が常に痛む状態となった。そこで原告高橋は、同年一〇月に検診を受け、係長の勧めもあってトレーニングを始めたが痛みは取れず、かえって足がつれるようになったので、同年一一月一四日に嘱託医の診察を受けたところ、「腰椎に前屈制限あり」、「大腿後側筋拘縮あり」と診断され、就業能力の低下も認められた。しかし、右診断内容及び就業能力の低下については知らされず、作業内容軽減の指示もなされなかったため、原告高橋は、トレーニングを続け、また痛みを耐えて従前どおりの機内クリーニング作業に従事し、同年年末及び昭和四八年年始の繁忙期にも腰の痛み、足の痺れ、足の突っ張りなどの症状をおして就労していたところ、同年三月二六日、腰痛のため出勤が不可能な状態となった。そこで、原告高橋は、同月三一日に診察を受けたところ、症状悪化の傾向にあると診断され、機内クリーニング作業以外の軽作業を適当とする旨の就労能力の低下も認められたため、同年四月二日からデイオンリーの制限勤務とされ、ステップ誘導等の作業に従事していたが、症状はなお悪化傾向をたどり、同年九月七日の診察では腰椎々間板ヘルニアの疑いがもたれ、静脈注射と骨盤牽引が行われたが、症状は軽快せず、また症状が悪化する傾向にあるとされながら休業を命ぜられなかった。したがって、原告高橋は同年四月以降も腰痛休暇を申請しつつ業務を継続したため、同年一〇月一九日の診察では「要休業」と診断されるに至った。
(3) 東京労災病院への検査入院
原告高橋は、同年一〇月二〇日東京労災病院に転院し、同年一一月五日同病院に入院して検査したが、脊髄腔造影術によっても腰椎々間板ヘルニアは認められず、退院後も休業して同病院に通院して治療を受けた。
(4) 休業、リハビリによる回復
原告高橋は、昭和四八年一二月一三日から大田病院に転院したが、この時点では、背筋力は四七キログラムまで落ち、両側背筋力第七胸椎から腰痛下位の部分両側中、小臀筋に圧痛があり、日常生活においても座位が継続できない状態であった。そこで、原告高橋は、腰痛症のため右時期以降昭和四九年一一月一七日まで休業して大田病院で治療を受けたことで病状が軽快し、昭和四九年一〇月からは温水プールでの水泳によるリハビリテーションを行うまでに回復し、同年一一月一八日から週三回午前中の軽作業勤務が可能となり、その後、治療を続けながら次第に労働日数、労働時間を増やし、昭和五二年八月一日より軽作業を内容とするデイシフト勤務が可能となるまでに回復した。
3 原告らの従事した業務
(一) 作業内容
原告らは、被告AGSから就業制限がなされるまで、(原告野口については昭和四八年六月二一日まで、原告沼田については昭和四八年一月一七日まで、原告高橋については昭和四八年四月一日まで)以下のとおりの航空機の機内清掃等の作業に従事していた。
(1) 日勤時の主たる作業の種類と内容
① NO1クリーニング(もとTクリーニング)
航空機のステイタイムが短時間(三〇分以上五九分以内)の場合に行う作業内容で、作業項目は、次のNO2クリーニングより若干少なく、また、同じ作業項目であっても、その程度が軽微なこともある。
② NO2クリーニング(もとEクリーニング)
航空機が NO1クリーニングの場合のステイタイムを越える時間滞留し、NO3クリーニングを行うべき時間(約四時間)に満たない場合の作業である。
③ NO1クリーニング及びNO2クリーニングの作業項目の主たる内容は灰皿、座席、床面、調理室、便所の各掃除及びその他座席上部の棚(ハットラック)の整備、棚の中のごみ拾いなどである。
(2) 夜勤時の主たる作業の種類と内容
① NO3クリーニング(もとPクリーニング)
航空機がオーバーナイトステイ、または約四時間以上滞留する場合の作業である。作業項目の主たるものは灰皿、座席、床面、調理室、便所の清掃(日勤の場合より作業項目が若干増加する。)及び操縦室、客室の全ての窓などの清掃、一定の飛行時間を経過した航空機について一夜勤に平均一機の割合で実施する客室の通路及び座席下の絨毯の交換作業である。
② NO4クリーニング(もとBクリーニング)
一定のフライトタイムに近づいたときに行う作業で、NO3クリーニングより、その項目が増加したり程度が重度になる。
③ NO5クリーニング(タイムチェック)
航空機が一三〇〇時間ないし二三〇〇時間のフライトタイムに近づいた時に二―三日間にわたって行う作業で、その内容は次のとおりである。
イ 機内カーテン、全室の絨毯、座席カバー、座席ベルトの交換
ロ 全室の天井、側壁、床、座席、テーブル、ハットラック、窓の清掃
ハ 灰皿、ごみ箱の清掃
ニ その他機内の水槽タンク、下水パイプ、トイレのタンクの洗浄
(二) 作業姿勢の特徴
原告らの従事していた前記作業は、三一ないし三八センチメートル間隔の狭い座席の間に入り、床上約六〇ないし六五センチメートルの低い位置にある灰皿、シートテーブル、シートポケットのクリーニングを、中腰で、ときには身体をねじって、または床にしゃがんだまま移動しながら作業し、あるいはハットラックや天井など高い位置のクリーニングを背や腰を反らせたり、曲げたり、腕を一定の高さに上げたまま力を入れて作業するなど、いずれも腰椎の両脇近辺の固有背筋に著しく負担のかかる不自然な姿勢を余儀なくされる作業である。
(三) 労働密度の強化
原告らが被告AGSに入社した昭和四七年には、六月のタイムチェック制の導入及び八月のジャンボジェット機就航により、機内クリーニング作業量が飛躍的に増大し、その後も作業量は増大していたが、被告AGSは、右作業量増加に適応した人員増加及び適切な人員計画を行わず、業務繁忙と深刻な人員不足の状態が慢性的に存在していた。このため、少ない作業人員で規定の作業量をこなさなければならず、作業密度が増大した。
加えて、当時、羽田空港の過密化に伴って、航空機の発着の遅れが常態化しており、遅れて到着した航空機を予定通り出発させるため、機内クリーニング作業の時間が圧迫され、その短縮された時間内に通常の機内クリーニングを遂行しようとして、さらに作業速度、作業密度が高められる状況であった。
(四) 作業環境
機内クリーニング作業の現場である航空機内部は、外界の温度に左右され、夏は蒸し風呂のような暑さと湿気、冬は厳しい冷え込みで、疲労蓄積の要因となるものであった。
(五) 休息を取れない勤務実態
原告らの勤務態勢は前記のとおり人員不足のなかで過密なスケジュールが組まれていたのであるが、駐機場が羽田空港の広い地域に渡って分散していること、また、航空機の発着の遅れによる駐機場の変更に伴い一つの作業場から他の作業場への移動がかなり激しいことにより、作業の合間に休息が取れないし、加えて航空機の発着の遅れにより休息、食事時間が定刻に取れず、またその時間も所定どおりには確保できない状況であった。また、休憩施設も不十分であり、深夜勤において仮眠時間が認められておらず、また休憩時間もほとんど取れない状況であった。
このように、腰部への疲労を回復させるに足る休息は全く取れず、疲労が蓄積される状況であった。
(六) 勤務形態
被告AGSにおける昭和四六年一〇月一日以降の正規の勤務形態は、以下のとおり、基本的には五日間を一サイクルとし、一か月六回ある第一夜勤のうちの一回(第二日目の第一夜勤)を公休とする交替制勤務であったところ、原告らはいずれも腰痛症罹患による勤務時間制限がなされるまで以下のとおりの交替制勤務に従事してきた。
第一日目 日勤(DK) 第一日目の午前九時から同日午後九時まで
第二日目 第一夜勤(NA) 第二日目の午後九時三〇分から第三日目の午前六時三〇分まで
第三日目 第二夜勤(ND) 第三日目の午後九時から第四日目の午前九時まで
第四日目 夜勤明け(明)
第五日目 公休(OFF)
右交替制勤務は、二日連続の夜勤を含み、しかも第三日目の第二夜勤は一二時間の長時間深夜勤であり、人間の生体リズムに反する反生理的な勤務内容であった。
(七) 腰痛者に対する被告AGSの対応
嘱託医は、原告らが腰痛を訴えても、制限勤務、休業指示などの的確な措置を取らず、また、被告AGSは、原告らに対し嘱託医から制限勤務などの指示があってもなお制限勤務を命ずることなく、従前どおりに勤務させた。また、被告AGSは、作業を遂行するための班編成の上でも、慢性的人員不足の中で、原告ら腰痛者に対して何ら配慮することなく班に編入し、健常者と区別することなく、業務に従事させた。このため原告ら腰痛者の症状は更に悪化した。
4 原告らの腰痛の業務起因性
(一) 疫学的因果関係
原告らの腰痛は、被告AGSの機内クリーニング作業に従事してきたことに起因するものであることは、以下のとおり疫学的因果関係を充足する具体的事実が存在することにより明らかである。すなわち、
(1) 原告らは腰痛症に罹患している。
(2) 原告らは、機内クリーニング作業に従事する以前には腰部の異常及び腰痛の既往症を有していなかった。
(3) 原告らは、機内クリーニング作業に一定時間従事した後腰痛症に罹患している。
(4) 原告らは、機内クリーニング作業から離れ、腰痛症に対する治療を受けたことにより、その症状が徐々に軽快している。
(5) 被告AGSに勤務し、原告らの機内クリーニング作業と同一ないしは同種業務に従事している労働者の中に同一ないしは同種の症状を呈している腰痛患者が多数存在している。
(6) 腰痛患者が毎年、原告らと同一ないし同種職場に多数発生している。
(7) 原告ら以外の被告AGS内の腰痛患者についても右(2)ないし(4)の要件を充足している。
(8) 原告ら及び被告AGSに勤務している他の労働者と同種の作業形態、作業内容に従事している他産業労働者の中にも原告らと同一ないしは同種の症状を呈する患者が存在している。
ところで、公害は利潤追求を至上命令とする企業が、その活動によって生ずる有害物質を企業外に排出することによって地域住民の生命、健康を奪うものであるのに対し、職業病は、企業が利潤追求のため安全性の低い機械、施設、不完全な労働環境、労働条件を放置して労働者に就労を命ずることにより、企業内の労働者の生命と健康を奪っていくのであり、その発生源と原因事実は同一である。したがって、公害において、地域住民の生命、健康破壊という被害事実と企業の加害行為との因果関係は、疫学的因果関係が存すれば法的因果関係ありと解されているのと同じく、職業病である原告らの腰痛症と原告らの従事していた業務との間の因果関係についても疫学的因果関係が存すれば足りる。
(二) 医学的見地からみた因果関係
原告らの腰痛症が医学的見地からも被告AGSの機内クリーニング作業に従事してきたことに起因するものであることは、以下の事由により明らかである。すなわち、
(1) 大田労働基準監督署は、原告らの腰痛症が原告らのそれまで従事していた業務との間の因果関係を認めて業務に起因する腰痛症と認定した。
(2) 原告らは、前記のとおり腰部に著しく負担のかかる中腰ないし不自然な姿勢を強制される機内クリーニング作業に従事した。
(3) 原告らは、右内容の作業に、長時間、二日連続の深夜勤等の不規則交替勤務時間に従事し、また、原告らは、その作業量が短時間に激増し、他方、慢性的人員不足の中で、定められた短時間の範囲内で作業を完了しなければならないような作業密度の高い状況で作業に従事した。
(4) 被告AGSはその作業員の腰痛が作業内容に起因するものであることを被告AGS自らの調査などによって認めていた。
(5) 原告らの腰痛症の症状は、業務の繁閑に呼応して軽快、増悪しており、いずれも、勤務を離れると軽快した。
5 被告AGSの責任
(一) 労働契約上の一般的保護義務
被告AGSは、雇用契約に基づき、腰痛症を発生せしめるに至る危険性の高い業務に被用者を従事させるにあたっては、被用者の具体労働条件、労働密度、量、勤務形態とその体制、労働環境などその労働の全遂行過程が、被用者の健康に有害な結果をもたらすかどうかを最高の知識、技術を用いるなどしてその安全性を確認して万全の措置を講じて、被用者の生命、身体、健康を阻害することを未然に防止すべき義務がある。
(二) 一般的保護義務に基づく具体的安全保護義務
(1) 人員数、人員配慮にかかわる義務
① 被告AGSは、業務量の増加に適切に対応できる人員数、人員配置を確保することにより被用者の腰部に回復不可能な疲労を蓄積させないようにする義務がある。
② 被告AGSは、本件業務遂行上生じるイレギュラーな事態により、各作業遂行に必要な時間が短縮されることを余儀なくされた状況のもとでも、短縮時間内に余裕をもって作業遂行ができる人員数、人員配慮を確保することにより、被用者の腰部に回復不可能な疲労を蓄積させないようにする義務がある。
③ 被告AGSは、本件業務の遂行上、応援要員が必要になった場合、アルバイトなどの応援要員の手を借りることなく、客室課の正規従業員を配置することが可能であるような正規職員の人員を確保すべき義務がある。
④ 被告AGSは、被用者が本件業務に従事することにより腰部に疲労負担が生じた場合、他の被用者の作業量の増加を招くことなく疲労回復のため必要な有給休暇を行使しうるような人員数、人員配置を確保する義務がある。
⑤ 被告AGSは、新入社員に疲労が蓄積しやすい作業が集中するのであるから、疲労したときは積極的に有給休暇を行使するよう新入社員に周知徹底させ、かつ他の被用者の作業量の増加を招くことなく右の有給休暇を行使しうるような人員数、人員配置を確保する義務がある。
(2) 夜勤に関わる義務
① 被告AGSは、原告らが従事していた深夜勤務はサーカディアンリズムに照らして疲労が進むのであるから、深夜勤務によって腰部を中心に疲労を慢性化、蓄積させないよう一定の仮眠時間制度を確立するとともに仮眠施設を設置する義務がある。
② 被告AGSは、夜勤勤務による疲労を蓄積、慢性化させないため十分な休憩時間を確保し、被用者が確実に休憩の取れる施設で休憩させる義務がある。
③ 被告AGSは、夜勤勤務による疲労の蓄積、慢性化を避けるため、第一夜勤終了後から第二夜勤に従事するまでの間に睡眠時間を十分かつ確実にとれる環境を有する社員寮を完備する義務がある。
④ 被告AGSは、深夜勤務による疲労の蓄積、慢性化を避けるため、深夜勤務を連続させないようにする義務がある。
⑤ 被告AGSは、夜勤勤務による疲労の蓄積、慢性化を避けるため、長時間夜勤を回避しなければならない義務がある。
(3) 休憩、作業間隔、食事時間にかかわる義務
① 被告AGSは、本件業務による疲労の蓄積、慢性化を避けるため、定時の休憩時間を確保し、確実に休憩の採れる施設において休息をさせる義務がある。
② 被告AGSは、本件業務による疲労の蓄積、慢性化を避けるため、作業間隔を適切に保持し必要に応じて休息を与えなければならない義務がある。
③ 被告AGSは、本件業務による疲労の蓄積、慢性化を避けるため、定時のかつ充分な食事時間を確保しなければならない義務がある。
(4) 労働環境にかかわる義務
被告AGSは、本件業務による疲労の回復、慢性化を避けるため、季節にかかわりなく作業場所である航空機内の温度を生理的に快適な程度に保持しなければならない義務がある。
(5) 腰部を中心にした異常を的確に発見し適切な措置をとるべき義務
① 被告AGSは、これまでに原告らと同一の職場から多数の腰痛患者が発生していることに照らして、原告らを本件業務に従事させた後に腰部を中心とした痛みの訴えが原告らにあるときは、その異常の有無を適切に発見、確認しなければならない義務がある。
② 被告AGSは、本件業務に従事していた原告らに腰痛症状が見られるときは、その症状に適切に対応した勤務上の措置を取るべき義務がある。
③ 被告AGSは、本件業務に従事していた原告らに腰痛症状が見られ、嘱託医が腰痛症状に対応した勤務上の措置にかかわる意見、指示をなしたときは、右意見、指示が原告らの上司に的確に伝達され、右上司がその意見、指示に従った適切な措置を実施しうる管理体制を確立、保持しなければならない義務がある。
④ 被告AGSは、被用者に腰痛症状が存するときには、積極的に腰痛休暇を行使するよう周知徹底し、かつ他の被用者の作業量の増加を招くことなく腰痛休暇を行使しうるような管理体制を確保しなければならない義務がある。
被告AGSは、原告らに対し雇用契約上、以上のような義務を負っているにもかかわらず、これを怠り、原告らの右腰痛症状の発生を予防できなかったばかりか、右症状を悪化させた。したがって、被告AGSは原告が右症状によって被った損害を賠償すべき義務がある。
6 被告日本航空株式会社(以下「被告JAL」という。)の責任について
(一) 被告JALの責任を基礎づける事実について
(1) 業務の一部移管からみた被告JALによる被告AGS支配
被告AGSの業務は、もともと被告JALの子会社である日本航空整備株式会社(以下「日航整備」という。)が行っており、後には被告JALが取り扱っていた航空輸送業務のうち、その一部門である地上サービス業務が被告AGSに移管されたものである。被告JALが被告AGSに地上サービス業務を移管した目的は、右地上サービス業務が経理的に不採算ないしきわめて低い収益しかあがらない業務なため、右業務を別会社である被告AGSに低廉な代金で請け負わせるとともに、他方、別会社として被告AGSが行う右業務を被告JALの航空輸送業務の一翼として機能させることで、被告JALにおいてより多くの利潤獲得を可能にすることにあった。
また、被告AGSの業務活動は、被告JALの業務活動を離れて独自に存在し得ない関係にある。さらに、被告AGSは、被告JALとの間で、被告JALが運航する航空機及び被告JALが他社との地上業務契約をしている他社の運航する航空機に関する地上サービス業務を専属的に請負う地位にあり、右請負契約に定める業務以外の業務でも、被告JALの要求があれば、その業務を実施しなければならないなど、被告JALから専属的かつ包括的にその業務を請け負っている。
以上より、被告JALと被告AGSとの関係は、被告AGSの設立過程、設立目的とその担っている業務活動の客観的関係そのものが、親子会社としての支配、従属の関係にある。また、被告AGSの業務活動は、被告JALの業務活動の一部門に属し、被告JALの業務活動の方針の下に運営され被告JALの利益追求のための手段となっているという関係にある。
(2) 資本、人的関係からみた被告JALの被告AGS支配
① 資本関係からみた被告JALの被告AGS支配
昭和五二年一一月時点の被告AGSの株式構成比率をみると、被告JALが発行済株式総数のうち八五パーセントの株式を保有している。被告AGSは、建物、施設についてそのほとんどを被告JALないし被告JALの関連会社から貸与を受けており、被告AGSが独自に所有しているものは皆無に近く、また、作業を行うのに必要な車両、機材についても、ある時期まではそのほとんどを被告JALから貸与を受けていた。
② 人的関係からみた被告JALの被告AGS支配
イ 人事からみた被告JALによる被告AGS支配
被告AGSの役員あるいは管理、監督を担当する社員はほとんど被告JALからの出向役員、社員で占められており、被告JALは、被告AGSとの地上業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)の締結、更改の交渉に当たって、その契約内容を被告JALの事業方針、企業政策に適合し得るように、被告AGSの事業活動方針を決定しうる立場にあった。
ロ 労務管理からみた被告JALによる被告AGS支配
被告AGSは、被告JALの一部門と化しており、被告AGSの被用者に対する労務管理は、被告JALの労務管理として被告JALによりコントロールされている。
ハ 被告AGSの行う業務の指揮、命令からみた被告JALによる被告AGS支配
原告らの従事していた機内クリーニング作業の日常的な指揮命令は、整備作業に関する日常的な作業全般の指示が被告JALの指揮命令系統のもとに、被告JALのメインテナンスコントロール室から被告AGSの進渉課及び誘導課員、客室課員へ伝えられて作業が行なわれる。そして作業が被告JALの指示どおりの水準で遂行されたか否かについても被告JALのインスペクターがチェックし、充分でないときはインスペクターが直接被告AGSの作業員に対し随時必要な指示を出し、右指示に従って被告AGSの作業員が作業を行ない、作業の最終的な確認作業も被告JALの整備総括責任者であるコンプリーターが実施する。さらに、被告JALのランプコーディネーターは、本件作業の現場で作業全体の進渉状況を確認し、出発時刻との関係で作業が遅延している場合は、定時出発ができるように直接被告AGSの客室作業員に対して作業のうち省略すべき箇所を指示する。
そして、被告JALは、運輸省で認可された整備規程に基づいてメインテナンスマニュアルを作成し、右メインテナンスマニュアルに従って、クリーニングの実施方法、要件を決定し、被告AGSにおいて毎日実施される機内クリーニング作業について、どの種類のクリーニングをなすべきかに関して、週単位の運行整備作業予定表、一日単位の運行整備計画表の発行を通じて、被告AGS作業員に指示をしている。
また、一般的に被告JALから被告AGSの作業員に対しメインテナンスマニュアルに従った文書による指示に基づいて、いかなるレベルの作業をすべきかの指示が出され、各作業についての具体的な方法、手順についても被告JALから出される文書により具体的指示が出されている。
以上のとおり、被告JALは、被告AGSの被用者に対し、様々なルート、方法を通じてその業務遂行の各種の指示、命令、方針を出し、被告AGSの作業員は被告JALの指示、命令、方針に従って就労することが義務づけられている。
(3) 人員計画、予算計画、地上機材配備計画、合理化推進などからみた被告JALによる被告AGS支配
① 人員計画決定への被告JALの関与
本件業務委託契約上の委託料金について、単価決定の重要な要素となるのは、被告AGSの受託する作業量と作業を消化していくのに必要な人員数である。そこで、被告JALは、被告AGSに右契約更改前に被告JALに人員計画を提出することを義務づけており、右人員計画を検討しこれに修正を加えた上で契約単価を決定していた。右事情は、契約の基礎額を決定する方式が「経費積上げ方式」から「フォーミュラー方式」に変わった後も実質的に変化はない。
以上のとおり、被告JALは、被告AGSの人員計画の決定に関与している。
② 予算計画決定への被告JALの関与
契約の基礎額を決定する方式として経費積上げ方式が行われていた昭和四六年までは、本件業務委託契約の更改交渉において、その年のベースアップ率を見越したうえでの人件費すなわち被告AGS職員の給与、賞与、退職金積み立て金などの項目を含むすべての経費の項目毎の金額が記載された予算計画が被告AGSから被告JALに提出され、被告JALは右金額についてはもとより、ベースアップ率についても検討しこれに修正を加えた上で契約単価を決定していた。このように被告JALは被告AGSの予算を査定、管理し、その決定に関与している。
また、経費積上げ方式からフォーミュラー方式に変わった後も、被告JALは、収入と経費に関する全資料を基礎にして決定される被告AGSの利益率を予算計画上どのように決定するかについて検討しており、被告JALが被告AGSの予算計画の決定に関与していることに変わりはない。
③ 被告AGSの経営基盤決定への被告JALの関与
被告JALは、被告AGSの経営基盤を分析するための資料として、被告AGSからその人員計画、予算計画、機材配備計画、売上高、経費及び売上高利益率を算定する計算資料などを提出させ、日常的に検討を行い、被告AGSの経営基盤、経営体制の強化という目的達成のための適切な売上高利益率を設定し、その結果を契約料金の設定に反映させていた。
④ ペイロール料金による被告AGSの被用者の賃金決定への被告JALの関与
被告AGSが被告JALから受託している旅客、誘導、上屋、貨物などのいわゆるはりつけ部門につき、被告AGSの職員を何人配置するかについては、被告JALと被告AGSとの契約で決められ、一人当たり一か月いくらという形態で料金が支払われ、右料金はペイロール料金といわれている。このペイロール料金の決定にあたっては、被告AGSの職員一人当たりの平均人件費、人員関係費、一般管理費が、被告JALと被告AGSとの契約で取り決められるのであるが、職員一人当たりの右各経費は、いわゆるはりつけ部門に従事している職員のみならず、被告AGSの一般職員にも適用されている。
以上のとおり、被告JALは、被告AGSとの契約という形式をとって被告AGSの被用者の賃金も決定している。
⑤ 合理化推進からみた被告JALによる被告AGS支配
被告JALは、被告AGSに対して被告AGSにおける合理化を推進させることができる立場にあり、また実際に、被告AGSに対する委託料金の値上げ率を極めて低率に抑制しつつ、被告AGSに対して費用節減を強力に求めるなどして、被告AGSの合理化を推進してきた。また、被告JALは、被告AGSに対して被告AGSの被用者の労働条件、賃金ベースが高いと判断すれば、その方針に基づいて被告AGSの組織、業務を分離させることができる立場にある。
このように、被告JALは、被告AGSの資本関係、人的関係を完全に掌握し、その人員計画、地上機材配備計画、予算計画、合理化推進などの決定に関与しており、被告AGSとしての企業活動は被告JALの指し示す基本方針に従属して行なわれている。したがって、被告AGSにおける生産性向上運動、すなわち人減らし、経費節減運動も被告JALの指し示す基本方針である合理化運動に基づいて行われている。右生産性向上運動が、恒常的な人員不足を招来し、原告らの腰痛の原因となっているのである。
(二) 被告JALの被告AGSにおける腰痛症発症についての予見可能性などについて
被告JALは、被告AGSとの間の業務委託契約の更改に至るまでの双方の間で行われる交渉の過程で明らかにされる被告AGSの経営実態から、また、被告AGSに役員、管理、監督職を派遣、出向させて、その企業政策、方針のもとで、原告ら被告AGSの被用者を本件業務に従事させていたことから、被告AGSの被用者がいかなる労働条件、労働密度、量、労働形態、労働環境のもとで作業をしていたかという具体的状況を十分把握していた。
さらに、被告JALは、日本航空健康保健組合の実施した被告AGSにおける腰痛の実態調査の結果から、被告AGSの腰痛の実態を把握しており、右実態を前提としたうえで、被告AGSの腰痛患者を被告AGSの事業活動遂行のうえでどのように処理するのかについて、被告AGSに具体的に提起し、その具体的対策、方針の決定に関与していた。
したがって、被告JALは、前記安全保護義務を履行しない状況のもとで原告ら被告AGSの被用者を本件業務に従事させれば、原告らを腰痛症に罹患せしめる事態に至ることを容易に予見しえたし、右安全保護義務を履行することによって、本件作業に従事していた労働者を腰痛症に罹患せしめないようにすることが可能であったというべきである。
(三) 被告JALの法的責任の根拠
被告JALは、以下に述べる根拠に基づいて、原告ら被告AGSの被用者を業務に従事させるに当たっては、具体的労働条件、労働密度、量、労働形態とその体制、労働環境などその労働の全遂行過程が労働者の健康に有害な結果をもたらすかどうかを最高の知識、技術により安全性を確認し、原告ら被告AGSの被用者の健康の阻害を未然に防止するための安全性の確保、点検に努めるべき注意義務を負っている。
(1) 民法七一五条一項の使用者責任に基づく注意義務
被告JALは、被告AGSをその履行補助者ないし被用者として機能、運営させ、その経営政策、労務管理政策を被告AGSをして遂行させたものであるから、その遂行過程のもとで原告らに生じた腰痛症について民法七一五条一項の使用者としての責任を負うべきである。
(2) 重畳的債務引受に基づく注意義務
被告JALは、被告AGSとの間の請負契約を媒介として、被告AGSの被用者の作業場所、内容、量、人員、方法、時間、環境などを決定しその全労働過程を指揮命令しているのであるから、被告JALと原告ら被告AGSの被用者との間には使用従属の関係が成立し、被告AGSが原告ら被用者との間で雇用契約上負担している安全保護義務を、重畳的に引受けているというべきである。
(3) 請負契約に基づく注意義務
被告JALは、被告AGSの設立過程、その担っている業務と被告JALの航空輸送業務との関係、資本、役員関係に照らして、また被告AGSの人員計画、地上機材配備計画、予算計画、被用者の賃金などを決定する過程、被告AGSの被用者の従事している労働の全過程を決定、指揮命令していることから、その限りで、被告AGSの被用者との間で雇用関係と同様の関係を生じている。したがって、被告JALは、被告AGSの被用者に対し、その生命、健康を保護すべき安全保護義務を負っている。
(4) 黙示の労働契約ないし労働契約類似の無名契約に基づく注意義務
被告AGSの被用者は、被告JALの直接支配管理する作業現場で、その航空輸送業務のうちの地上サービス業務遂行に当り、被告JALから直接、指揮監督を受け、被告JALの手足として労働力を提供したのであるから、被告AGSの被用者の意識としては、被告JALの作業上の指揮監督に全面的に服従するというもので、その指示どおりの労務を提供しているし、被告JALもかかる労務の提供を当然の前提としている。したがって、被告JALと被告AGSの原告ら被用者との間には、直接の指揮監督にしたがって労務を提供する合意と労務提供の過程において生命、健康を安全に保護する合意を内容とする黙示の労働契約ないし労働契約類似の無名契約が締結されている。
(5) 民法七一六条の注文者としての責任に基づく注意義務
注文者の被告JALは、請負人である被告AGSの原告ら被用者に対する労働条件が健康に有害な結果をもたらしていることを熟知しており、また熟知すべき立場にあったにもかかわらず、生産性向上運動、人減らしのための合理化運動といった企業政策を推進する指示ないし指図を被告AGSに命じ、原告ら被告AGSの被用者を腰痛症に罹患せしめたのであるから、注文者としての責任を負うべきである。
(6) 民法七〇九条、同法七一九条に基づく注意義務
被告JALと被告AGSの関係は、被告AGSの被用者が従事している直接の労働過程のみならず全般的に使用従属の関係が認められ、また被告AGSが被告JALの一部門として被告JALの航空輸送業務のうちの地上サービス部門を担っており、両者が同一となって企業活動が遂行されることによって被告AGSとしての企業活動が行われているという非常に密接な関係にある。したがって、被告JALは、被告AGSとともに被告AGSの被用者に対して安全保護義務を負っている。しかるに、被告JALと被告AGSは、漫然と前記具体的安全保護義務を何ら遂行することなく、原告ら労働者に地上サービス部門における業務に従事させたために、原告らを腰痛症に罹患せしめた。
以上より、被告JALは、右義務に違反したことにより、被告AGSとともに、原告らに対して、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償義務を負っている。
7 損害
(一) 慰謝料 各六〇〇万円
原告らは一八才あるいは二一才という若年で腰痛症に罹患し、痛みのために立っていることも座っていることもできず、人生で楽しかるべき時期に休日でも一人家で横になって悶々と過ごさざるをえない状況となり、また、体力に自信を持っていただけに自分が仕事についてゆけない身体になったということ自体精神的に苦痛であるうえ、将来健康を回復できるかどうかという不安、痛みからくる睡眠不足、イライラなどの精神的苦痛は甚大なものである。したがって、原告らの精神的苦痛を慰謝するのに各々金六〇〇万円をもってするのが相当である。
(二) 得べかりし利益 原告野口について金四四二万九六二八円
原告沼田について金四二七万二七二九円
原告高橋について金三八八万一〇一八円
原告らは腰痛症に罹患するまでは機内クリーニング作業などを担当し、交替制勤務に従事していた。しかし、腰痛症のため原告野口は昭和四八年六月二二日、原告沼田は同年一月一八日、原告高橋は同年四月一日からいずれも右交替制勤務に従事している場合の深夜加給手当、夜勤勤務割増手当、特殊時間帯出勤割増手当が支給されないことになった。したがって、原告らは腰痛症に罹患しなければ交替制勤務に従事でき前記各手当を毎月得べかりしところ、腰痛症罹患のため、別紙得べかりし利益目録1ないし3のとおり、前記各日時から昭和六二年一二月三一日(ただし、原告高橋において昭和六二年九月三〇日の退職時まで)の毎月の各手当合計金の損害を被った。
(三) 弁護士費用 原告野口について金一〇四万二九六三円
原告沼田について金一〇二万七二七三円
原告高橋について金九八万六一〇二円
原告らは原告ら代理人との間で損害金の一割を弁護士費用として支払うことを約した。
8 よって、原告らは被告らに対し、各自、債務不履行または不法行為による損害賠償請求権に基づいて、原告野口につき金一一四七万二五九一円及び別紙目録1記載の請求金額欄の各金員につき各履行期以後の日である同期日欄記載の各日より支払済みまで年五分の割合による遅延損害金、原告沼田につき金一一三〇万〇〇〇二円及び別紙目録2記載の請求金額欄の各金員につき各履行期以後の日である同期日欄記載の各日より支払済みまで年五分の割合による遅延損害金、原告高橋につき金一〇八四万七一二〇円及び別紙目録3記載の請求金額欄の各金員につき各履行期以後の日である同期日欄記載の各日より支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
(被告AGS)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)、同2(二)(1)の事実はいずれも認める。
同2(二)(2)の事実のうち、昭和四七年六月六日に検診を受け嘱託医から筋々膜性腰痛と診断された点は認め、その余の事実は不知。
同2(二)(3)の事実のうち、昭和四七年六月二九日からタイムチェック制が導入された点は認め、嘱託医の検診で就労能力の低下が認められながらこれといった治療がなされなかったとの点は否認し、その余の事実は不知。
同2(二)(4)の事実のうち、原告野口が、松井医師の診断書により昭和四八年六月二二日から同月二八日まで腰痛休暇を取った点、同年七月一日からデイオンリー勤務についた点、同年八月一三日からスウィングデイ勤務についた点、同年九月五日からナイト勤務についた点は認め、その余の事実は不知。
同2(二)(5)の事実のうち、同原告が、昭和四八年一〇月から昭和四九年六月二日まで腰痛休暇を取った点、その後時間短縮した日勤についた点、昭和五〇年三月から定時の日勤についた点は認め、その余の事実は不知。
同2(三)(1)の事実のうち、原告沼田が、入社時の健康診断で、搭載業務以外の業務可(腰部所見B)と判定されたこと、昭和四七年四月一七日より機内クリーニング作業で交替制勤務に従事した点は認め、その余の事実は不知。
同2(三)(2)の事実のうち、原告沼田が、昭和四八年一月二七日に嘱託医の検診を受け、筋々膜性腰痛の症状が悪化傾向にあるが、スイングデイ勤務可能との診断を受けたこと、その後従前どおりの深夜交替制勤務に従事した点、二月二日に腰痛により休暇を取った点、同月七日からデイ勤務で軽作業に従事した点、同年八月三一日の嘱託医の検診でラセグー症状との診断を受けた点、その後休業、勤務制限などの指示がなされなかった点、同年一一月に嘱託医の診断で一週間休業した点、復帰後も勤務制限の指示がなされなかった点は認め、その余の事実は不知。
原告沼田が同年一月二七日に嘱託医からスイングデイ勤務可能との診断を受けた後従前どおり深夜交替制勤務についていたのは、同原告の勤務時間及び人員との関係ですぐに調整がつかなかったからで、作業量は軽減させている。
同2(三)(3)の事実のうち、原告沼田が、昭和四九年一月一七日から同年三月一九日まで腰痛休暇を取った点、同年三月二〇日から時間を短縮した日勤についた点、同年六月二一日から午前九時から午後一六時三〇分までの勤務で軽作業についた点は認め、昭和四九年三月二〇日からステップ誘導作業に復帰したとの点は否認し、その余の事実は不知。
同2(四)(1)の事実のうち、原告高橋が、入社時の健康診断で、搭載業務以外の業務可(腰部所見B)と判定されたこと、昭和四七年四月一六日より機内クリーニング作業で交替制勤務に従事した点、同年六月二二日に嘱託医の診察を受け筋々膜性腰痛と診断され投薬を受けた点、その後作業制限の指示がなされなかった点、同年七月に特別腰部検診を受けたが業務制限指示がなされなかった点は認め、その余の事実は不知。
同2(四)(2)の事実のうち、昭和四七年六月二九日にタイムチェック制が導入された点、原告高橋が、同年一〇月以降昭和四八年三月までトレーニング治療を受けた点、同年一一月一四日に嘱託医の診察を受け同原告主張のとおりの診断を受けた点、作業内容軽減の指示がなされず右受診後も機内クリーニング作業に従事した点、昭和四八年三月二六日に欠勤した点、同月三一日に検診を受け原告主張の診断を受けた点、同年四月二日からデイオンリー勤務に従事した点、同年九月七日に診察を受け、腰椎々間板ヘルニアの疑いがもたれ同原告主張のとおりの治療がなされ、また、症状悪化の傾向にあるとの診断がなされたが休業を命じられなかった点、右受診後も腰痛休暇を取りつつ業務を継続したとの点、同年一〇月一九日に検診を受け一週間休業を命じられたとの点は認め、その余の事実は不知。
同2(四)(3)、(4)の事実のうち、原告高橋が昭和四八年一〇月二一日から同月二八日まで、同月三一日から同年一一月二六日まで、同月二九日から同年一二月四日まで、同月八日から昭和四九年一一月一七日まで腰痛休暇を取った点、同月一九日から時間短縮の日勤についた点は認め、その余の事実は不知。
3 同3(一)の事実は認める。
同3(二)の事実のうち、座席の間隔が三一ないし三六センチメートルである点、灰皿などが床上六〇ないし六五センチメートルの位置に存するとの点は認め、その余の事実は否認する。
客室作業の遂行にあたって前屈みの姿勢になるという場合があるが、その場合に上半身の体重を腕で支えられないような場所的な環境ではない。また、作業の仕方を工夫すれば必ずしも腰部に負担のかからないような姿勢で作業をすることもできる。
同3(三)の事実のうち、昭和四七年にタイムチェック制が導入され、羽田客室課の作業量が大幅に増加した点、同年八月ジャンボジェット機が導入された点は認め、その余の事実は否認する。
会社全体の作業量あるいは客室作業における作業量の増加に対しては、作業量数の増強、職場間の援助体制、その他臨時、アルバイト、下請労働者などによって、必要人員を充足している。また、昭和四八年八月以降の客室作業における作業員各人の一工数(一人一時間の労働量を示す単位)の作業量は、昭和四七年、昭和四九年より減少しており、労働負荷は減じている。
同3(四)の事実のうち、機内クリーニング作業は航空機内における作業が主である点、夏期に炎天下におかれた航空機の機内が暑くなることのある点は認め、その余の事実は否認する。
機内作業をする場合、航空機は常に飛行場におかれたままの状態であるわけではなく、ハンガー内において作業が行われることもある。ステイタイムにおける機内作業は、夏冬とも乗客が降りたすぐ後の短時間の作業であるため、機内の温度に左右されることはないし、その間の冷暖房もなされている。また、ステイタイム以外の滞留時間における作業についても、航空機をハンガー内に入れたり、夏は機内の冷房をしている。
同3(五)の事実のうち、日勤時の業務内容の計画が航空会社の運航スケジュールによって決まってくるため、原則的に定められた休息時間、食事時間に休息、食事を取り得ないことのある点、夜勤時に仮眠を与えていない点は認め、その余の事実は否認する。
同3(六)の事実は認める。
同3(七)の事実は否認する。
4 同4の原告らの腰痛が被告AGSの機内クリーニング作業に従事してきたことに起因するとの事実は否認する。
同4(一)(1)の事実のうち、原告らが被告AGSの取扱いにおいて腰痛患者とされている点は認める。しかし、原告野口は昭和四八年七月二八日以降、原告沼田は昭和四九年四月二三日以降、原告高橋は昭和四八年一〇月二六日以降、嘱託医の診察を拒否しており、被告AGSは右時期以降の原告らの病状については知ることができず、適正な対応をとることができない。
同4(一)(2)の事実のうち、原告らが機内クリーニング作業に従事する以前には、原告らの申告によれば腰痛の既往症を有していなかったとの点は認め、その余の事実は否認する。
同4(一)(3)の事実は認める。
同4(一)(4)の事実は否認する。被告AGSは、原告らに対し、嘱託医の診断とその所見に基づいて、業務制限、時間制限、休業などを命じている他、腰痛休暇を認めているのに、かえって原告らの症状が悪化の傾向にあるという診断結果がでている。
同4(一)(5)ないし(8)の事実は否認する。
仮に、同4(一)の各事実が認められるとしても、右事実のみでは原告らの腰痛の原因が被告AGSの業務に起因するということはできない。原告らの腰痛の業務起因性については、原告らの腰痛の発生、継続の経過に即して、具体的に原告らが従事した業務内容、服務外の原告らの生活態度と腰部に対するストレス、疲労の加重、蓄積あるいは回復の関係などとの間の相関において判断されるべきものである。
同4(二)(1)の事実のうち、大田労働基準監督署が原告らの腰痛について労災認定を行なった事実は認める。
しかし、右労災認定は、行政機関の行政処分としての意味において判断されたもので、労災認定がなされたからといって、直ちに原告らの腰痛が被告AGSの業務に起因するものとはいえない。しかも、大田労働基準監督署による原告らの労災認定は、原告らの所属する労働組合、新医協の医師や民医連の病院などの支援によって、原告らを含む多数の組合員の集団による圧力を背景とした集団交渉を重ねた末になされたもので、集団による圧力が労災認定に無縁のものであったとはいえないこと、同労働基準監督署は労災認定申請について事業主証明を要求していないこと、労災認定の前提とされている事実と原告らが被告AGSにおける受診にあたり嘱託医に申告している症状とが食い違っていること、労災認定の判断にあたり原告らの勤務外の生活内容が考慮されていないこと、原告らは嘱託医による診察を拒否して被告AGSの原告らの症状把握、経過観察を全く不能の状態にしたままその間に労災認定を得ていることからすれば、右労災認定をもって、原告らの腰痛と原告らの従事した業務との間の因果関係の存在を裏付けるものとはいえない。
同4(二)(2)、(3)の事実は否認する。
同4(二)(4)の事実は否認する。
原告らの主張する調査などの結果は、調査対象者の勤務時間外の生活内容を考慮にいれていないもので、被告AGSの業務と腰痛との間の関連性を基礎づけるものとはいえない。
5 同5(一)、(二)の主張は争う。
6 同7(一)の事実のうち、原告ららが昭和四七年ころ一八才あるいは二一才の青年であったことは認め、その余の事実は否認する。
同7(二)の事実のうち原告らが機内クリーニング作業を担当し、交替制勤務に従事したことのある点、日勤になれば交替制勤務の場合に比して深夜加給手当、夜間勤務割増手当、特殊時間帯出退勤割増額が支給されないことになる点は認め、その余の事実は否認する。
同7(三)の事実は不知。
(被告JAL)
1 請求原因1ないし3の事実は不知。
2 同4の事実は否認する。
原告は被告AGSの加害行為と原告らの腰痛症との間の因果関係について疫学的な因果関係が存すれば足りると主張する。しかし、加害行為と発生した被害との間の因果関係の存在について、裁判上疫学的因果関係が存すれば足りるとされたのは、いずれも、企業活動に伴って発生する大気汚染、水質汚濁などによる加害の事例であり、これらの場合における被害は空間的にも広く、時間的にも長く隔たった不特定多数の広範な人々の間に及ぶことから、加害行為の大気汚染、水質汚濁などと被害との間の因果関係の解明が臨床医学や病理学の側面からの検討によっては、十分になしえないという特殊な事情を前提としている事例である。一方、本件における腰痛は、空間的にも広く時間的にも長く隔たった不特定多数の広範な人々の間に及ぶものではない。したがって、被告AGSの加害行為すなわち業務と原告らの腰痛症の因果関係の存在については、疫学的因果関係の存在では不十分であり、両者の間に臨床医学ないし病理学的な意味での因果関係が存することが必要である。
3 同6(一)(1)の事実のうち、被告AGSの業務は、もともと日航整備が行っており、後に日航整備が被告AGSに吸収合併された後、被告JALの行っている業務の一部門である地上サービス業務を被告AGSに移管したものであるとの点は認め、その余の事実は否認する。
同6(一)(2)の事実のうち、被告JALが被告AGSの株式の八五パーセントを所有している点及び被告JALが被告AGSへ役員の派遣を行っている点は認め、その余の事実は否認する。
同6(一)(3)の事実のうち、被告JALが被告AGSとの間で業務委託契約の締結、改定に当たり、被告AGSの業績、組織、コスト管理、受注能力などにつき検討を加えていることは認め、その余の事実は否認する。
同6(二)の事実は否認し、同6(三)の主張は争う。
4 同7の事実は不知。
三 被告らの主張及び抗弁等
(被告AGSの主張)
1 原告らの腰痛症は、次の理由により、骨構築上の異常という先天的な素因に起因し、被告AGSの業務とは関係のない椎間板ヘルニア、脊椎分離症ないしはすべり症あるいは変形性脊椎症に基づくものである。
(一) 原告らの症状は、椎間板ヘルニア、変形性脊椎症(分離症、すべり症)、椎間関節性腰痛などの症状を示しており、また、いずれも、下肢に及ぶ神経症状をも示している。これは神経根症すなわち神経根の刺激、圧迫による症状を示すもので、職業性腰痛症すなわち疲労性腰痛の場合は下肢に神経症は出ないことからすれば、原告らの腰痛症状は、腰部における骨構築上の潜在的異常のあったことを示すものである。
(二) 原告らは、中学、高校時代あるいは中学卒業後時代に、スポーツや重作業の労働を長時間継続して行っている。すなわち、
原告沼田は、小学校で野球、中学でテニス、高校で野球の選手であり、当時から肥満体であった。
原告野口は、中学校時代に腰痛になりやすいスポーツのなかでも頻度数の高い卓球を行っており、また、被告AGSに入社前、航空自衛隊で石炭を運搬してボイラーのホッパーに投入してスケールに落とすという重作業を三年間継続して行っていて、その間二日間で痛みは消えたものの腰痛を患っている。
原告高橋は、高校時代の三年間片道約二二〜二三キロメートルを自転車通学し、また、椎茸栽培の手伝いとして一本約二〇〜三〇キログラムの原木などを持ち上げて運搬するなどの重労働を行っていた。
ところで、中学、高校時代は人間にとって脊髄の骨格、軟部組織の発育成長期にあたり、その間に、通常の場合よりも腰部に異常な負荷のかかる活動を継続して行えば、椎間板、靭帯などの軟部組織や椎体、椎間関節などはその継続的で異常なストレスのもとで形成され、骨疲労、その他正常に発育した腰部とは違った異常な腰部として成長し、その腰部の異常が原因となり腰痛症が生ずる。
(三) 疲労性腰痛に罹患した場合、休息、休養を取って治療をすれば、短期間に治癒するのが一般であって、何年も症状が継続するということはあり得ない。原告らの腰痛症状が長期間にわたって継続しているということは、原告らにいずれも潜在的素因として、骨異常、関節異常、椎間板異常があったことを示している。
2 原告らの腰痛の原因は、以下の理由により、AGS労働組合の活動等の勤務外の生活内容に基づくものである。
(1) AGS労働組合は、昭和三七年に結成以来、休息時間や睡眠時間を食い潰して激しい組合活動を行ったため、労働組合結成当時の組合幹部の多くが腰痛になった。また、昭和四〇年、昭和四一年の違法な争議やいわゆる職場闘争による規律びん乱行為に対する内部批判によって、次第に組織率が低下し、昭和四六年にはその極に達したため、AGS労働組合は、同年、組織拡大方針を決定した。以来、職場の内外を問わず、また昼夜を問わず、激しい組織拡大活動が組合の闘争と平行して展開され、その対象者として、過去の組合の歴史を知らない新入社員にその目標がおかれたため、右時期ころの新入社員は、この激しい組織拡大闘争に巻き込まれた。とりわけ組合の組織拡大活動が激しく行われたのは、昭和四六年、昭和四七年当時、AGS労働組合の執行委員長をしていた五十嵐駿二が班長をしていた客室第一課であった。そのため、客室作業は、被告AGSの作業のなかでも最も軽作業であるにもかかわらず、客室第一課の者らは、組合に加入した者であると否とを問わず、休息時間も満足に休めない状態で、腰部への異常な負荷を受けた。組合の組織率も、客室第一課が昭和四六年以降最高の拡大を示しており、腰痛者が最も多く出ているのもそのためである。
(2) 原告らは、いずれも被告AGSに入社後、AGS労働組合に加入し、勤務外において長時間組合活動を行い、また休息時間中に休息を取らず、休息時間を圧迫するような組合活動を行っており、疲労回復が不十分で疲労が蓄積した状態のまま、勤務作業による疲労が加わり、さらに、休息時間を圧迫する組合活動によりさらに疲労が蓄積されるというような生活態度を繰り返していた。原告らの腰痛症は以上のような生活態度に起因するものである。
(3) 原告らの腰痛症は、組合活動の繁閑に即して増悪、軽快している。
3 原告らの治癒の遷延
原告らの症状は長期間にわたって継続し、さらに中途で悪化している。原告らの疾病が疲労性腰痛であるならば、休息、休養を取って治療をすれば短期間に治癒するのが一般であって、何年も継続するということはありえない。原告らの腰痛症の治癒の遷延は、原告らの腰痛症の原因が原告らの素因や勤務外の実働と休息の内容に基づくものであることを示している。
(被告JALの主張)
1 被告JALの責任を基礎づける事実の主張に対して
(一) 被告AGSの設立の目的について
被告AGSは、訴外日航整備から分離独立のうえ設立されたものであるところ、日航整備は、被告JALと訴外ノースウエスト航空など外国航空会社二社の共同出資により、航空機の機体整備及び航空機への貨物、手荷物、郵便物の積降ろし、機内クリーニングなどの地上業務を内容とするランプサービス(航空機への貨物、手荷物、郵便物の積み降ろし、航空機内クリーニング等の地上業務)を目的として設立されたものである。しかし、航空機の機体整備とランプサービスとは、もともと性格の異なる業務であり、他方日航整備は外国航空会社からの委託も受けるようになり、その仕事量が拡大したという事情もあって、地上業務部門を切り離し、これを、新たに設立した別会社に取り扱わせ専業化を図ることによりサービスの向上及び効率化に資するため、被告AGSが設立されるに至ったのである。ちなみに、航空機の機体整備業務と地上業務とを分離し、地上業務については別個の専門会社に取り扱わせるという形態は、諸外国などにおいても多くみられる通常の現象である。
(二) 被告JALと被告AGSとの間の契約関係について
空港における地上業務については、国際航空運送協会(以下「IATA」という。)によって、加盟航空会社の便宜のため、標準地上業務委託契約書が策定されているが、この趣旨は、地上業務が航空機の定時運航、安全運航、旅客に対する快適なサービスの提供などにかかわるものとして、航空会社のいかんを問わず、その性質上、業務内容、業務遂行方法、業務環境などにおいて差異を来すものではないということにある。そして、被告JALと被告AGSとの間の地上業務委託契約も、IATAの標準契約に準拠したもので、内外の航空会社が締結している右契約の形態及び内容と比較しても何ら異例なものではなく、別法人間の地上業務委託に関する通例の請負契約にすぎないというべきである。
これに対し、原告らは、被告JALと被告AGSとの間に排他専属的な契約関係があると主張し、それが被告JALにおいて被告AGSを支配運営していることの根拠になりうるかのように主張するが、これは、被告JALが海外において現地の地上業務受託会社に委託しているところと同様の関係のものであり、また、被告AGSの立場からみても、被告AGSは被告JAL以外の多くの航空会社からも同様に地上業務を受託しているのであって、被告JALと被告AGSとの間に支配従属などの特段の関係があるということはできない。
(三) 被告JALと被告AGSとの資本的、人的関係について
被告JALの被告AGSの株式保有状態からすれば、被告AGSは被告JALの子会社である。しかるに親会社である被告JALが子会社である被告AGSの経営状態などに関心をもち、または一定の数の限られた範囲で被告AGSとの間において人事交流がなされても、その種のことは親子関係にあるいずれの企業においても通常行われていることであって、特に異とするに足りるものではない。加えて、被告JALは被告AGSに対して、航空機の安全運航などに密接に関連しかつ航空運送の実施に必要不可欠な地上業務を委託しているのであって、これが円滑適正に実施されるだけの態勢が被告AGSに備わっているかどうかについて関心を持つことも当然である。
このように、被告JALとしては、親会社ないし地上業務の委託者という立場から、被告AGSに対して、一定の範囲でその業務遂行態勢などについて関心を持つとしても、このことは、被告AGSが被告JALによって支配運営されているとか、両者は法的に同一視できるということにはならない。すなわち、被告AGSは昭和四六年ころにおいて、既に被告JALなど約二〇社から地上業務の委託を受け、約四〇億円の売上、約二七億円の資産保有を計上しており、さらに昭和六一年ころになると、被告JAL以外にも三〇社から地上業務の委託を受け、約二三〇億円の売上、約九五億円の資産保有を計上していたものであって、この営業実態からみても、被告AGSが被告JALとは法的には別人格であり、社会的、経済的にも独自の企業活動をしていたことは明らかである。
(四) 原告ら被告AGSの被用者が従事していた機内クリーニング業務について
原告らが従事していた機内クリーニング作業など(以下「本件業務」という。)は、被告JALが策定したクリーニングカードと呼ばれる作業指示書などに基づいて行われていたが、このカードはこれにより被告JALが被告AGSに対して給付を求めている請負成果の内容を明らかにしているにすぎず、換言すれば、被告JALが被告AGSに対して、請負契約である本件業務委託契約について、仕様注文をするにすぎないものであり、被告JALが仕様注文を明示することは当然のことで、被告JALがこのカードによって被告AGSの被用者に対して業務上の指揮監督を行なっているというのとはまったく異なる。
被告JALは被告JALの必要部署のみならず、被告AGSの被用者に対しても、到着、出発便名、出発時刻、駐機場番号、遅延時間、航空機に変更のある場合における代替航空機名などの情報を流しているが、このことは、地上業務が航空機の運航に付随してその時間的制約の下に行われるものであるから、情報伝達が航空会社と同時に、正確迅速に行われることによって、対象航空機についての地上業務も迅速かつ正確に開始されるようにするためであり、要するに、本件業務委託契約の実態を反映しているにすぎないのであって、被告JALが被告AGS被用者を指揮監督するなどということとは関係がない。
被告AGSの行う地上業務は、被告AGSが長年にわたって実施し、その成果についても一応信頼できる状況になっていることに加え、右作業が航空機の安全運航には直接かかわらない部分が多いため、被告JALのコンプリーターは書面によりその検収を行なっているが、被告JALの客室乗務員等から被告AGSの被用者に対して直接、作業上の不備な点について改善方の指示がなされることがある。しかし、右作業の成果に不備のあることが発見された場合、被告JALの客室乗務員等が被告AGS作業員に対して、適宜その改善方を求めることは本件業務委託契約上当然のことであるから、たまたま作業過程においてかかる不備ないしその可能性が発見された場合、その作業完了を待つことなく、事前に被告JALの客室乗務員等の関係者が適宜被告AGS作業員に対して被告JALの仕様注文に適合する地上業務内容が履行されること、換言すれば完全履行を求めることがあっても、なんら異とするに足りない。したがって、かかる措置が被告AGSの被用者に対する業務上の指揮監督を意味するものでない。
また、地上業務完了時において被告JALにより個別的な検収などを行なう地上業務検収制度も、被告AGSの給付すべき地上業務の成果が仕様注文に合致するか否かをチェックするためのものにすぎず、委託者である被告JALが被告AGSに対して請負契約である本件業務委託契約に基づき当然なしうる事柄である。したがって、かかる措置が被告AGSの被用者に対する業務上の指揮監督を意味するものではない。
(五) 被告JALが本件業務委託料金の改定時において被告AGSの人員計画などに関する資料を求めることの意味について
被告JALは、本件業務委託料金改定時において被告AGSの人員計画などに関する資料の提出を求めているが、これは、地上業務を被告AGSに委託している被告JALとしては、地上業務が航空機の定時運航、安全運航、旅客に対する快適なサービスの提供などに関わるものである以上、被告AGSの態勢が、地上業務委託の趣旨に適合するよう実施できるように整っているかどうかについて関心を持つのは当然であって、被告JALが被告AGSに対して、人員計画などに関する資料の提出を求めるなどしても、特に異とするに足りない。そして、このことは、地上業務の料金改定に当たって経費積上げ方式またはフォーミュラー方式のいずれをとるかとは関係ない。
また、被告JALと被告AGSとの間で昭和四六年ころまで行われていた経費積上げ方式による料金の算定に当たって、被告JALが地上業務における各作業について必要な人員、時間、作業員の賃金のベースアップ率などを考慮にいれるなどしていたのは、地上業務委託料金は、その性質上、人件費がかなりのウェイトを占めたことから、あくまで料金査定の方法としてそのようにしていたにすぎないのであって、被告JALが被告AGS内部における人員計画などの最終決定に関与するとか、被告AGSの被用者の労働条件、賃金などを決定するということとは関係がない。実際上、被告JALが、被告JALとは別個の企業として他の航空会社からの受託地上業務も含めて幅広く営業活動を行なっている被告AGS内部における人員計画などの最終決定に関与するとか、被告AGSの被用者の賃金を決定するなどということができるはずもないことは自明のことである。
(六) 以上のとおり、被告JALと被告AGSとの間の関係は、全く航空会社とその地上業務受託会社との関係にほかならず、このような関係は我が国においてもまた世界各地の空港においても航空会社と地上業務受託会社間に共通してみられるものである。また、原告らの主張するところは、いずれも、合理的な理由をもって存在している事実ないし事象であり、これをもって、被告JALの被告AGSに対する支配を基礎づけることはできないというべきである。
2 被告JALと法的責任の根拠に関する主張について
(一) 原告らは、被告JALが被告AGSの使用者に当たり、民法七一五条に基づく使用者責任を負うと主張するが、被告JALと被告AGSとの間には、使用者と被用者との関係またはこれと同視しうる関係は存在せず、直接間接に被告AGSの被用者に対し元請負人の指揮監督関係が及んでいるという関係も存在しないのであるから、被告JALが民法七一五条に基づく使用者責任を負うことはない。
(二) 原告らは、請負契約関係にある注文者が請負人の被用者に対して安全保護義務を負う場合があるとして、被告JALは原告ら被告AGSの被用者に対する責任を負う旨主張するが、被告AGSは、被告JALと別個の独立した地上業務受託会社であり、その独自の判断に基づいて幅広く営業活動を行っており、被告JALとは実質的に同一体とはいえない。しかも、本件業務委託契約は、互いに別個独立の関係にある被告JALと被告AGSとの間で締結された純然たる請負契約であって、被告JALと被告AGS被用者との間には、被告AGSによる地上業務の履行をめぐって、雇用関係ないしこれに実質的に類似する指揮監督関係が発生する余地はない。したがって、請負契約における注文者にすぎない被告JALがその請負人である被告AGSの被用者に対して、業務上腰痛症に罹患しないことを内容とする安全保護義務を負うことはなく、かかる安全保護義務は、使用者である被告AGSが負っているにすぎない。
また、被告AGSの被用者が携わっている地上業務の実態に照らしても、被告JALにより被告AGSの被用者に対して指揮監督的な運用がなされているという事情は一切なく、明示、黙示を問わず、被告JALと被告AGSの被用者との間には労働契約関係が発生、成立する余地はないし、両者の間に労働契約関係を模擬する余地もなく、被告AGSの被用者に対して被告JALが安全保護義務を負うということはない。
(三) 原告らは、被告JALは民法七一六条に基づき本件業務委託契約における注文者としての責任を負うと主張するが、本件業務委託契約はIATA標準契約書に準拠したもので、本件業務委託契約によって被告JALが被告AGSに対して行なっている指図(仕様注文)の内容は、内外の他の航空会社における内容の域を越えるものではないし、被告JALが被告AGSに対して特別に異例な仕様注文を行っているわけではない。そして、被告JALが被告AGSに対して行っている仕様注文は、それ自体腰痛症の原因になり得るものではなく、現に、内外の他の地上業務受託会社の従業員については原告らにおけると同様の腰痛症は発生していないのであるから、被告JALの被告AGSに対する仕様注文について過失があったとはいえない。
(四) 原告らは、被告JALは民法七〇九条、同法七一九条に基づき、不法行為責任を負うと主張するが、原告らが罹患した腰痛症については、そもそも業務起因性を認め得ない。仮に、これが認められる場合においても、それは被告AGSによる業務指示の結果であるにとどまり、被告JALは被告AGSに対する請負契約の注文者としての立場にあるにすぎない以上、被告AGSの被用者に対して、被告AGSと共同不法行為責任を負うということはない。
(被告AGS及び被告JALの抗弁等)
1 訴え変更の不許
原告らは、本件の訴えの提起時には、原告らが交替制勤務から日勤に変更した時点から昭和五〇年三月三一日まで被った損害の賠償を請求したものであるところ、昭和六三年一二月二三日に至って、昭和五〇年四月一日から昭和六三年一二月三一日までの間に被った損害の賠償を追加し、慰謝料及び弁護士費用についての損害額も増加させた請求拡張の申立てをした。被告らは、右請求の拡張にかかる訴えの変更は訴訟手続を遅延させるものであるから、その不許の裁判を求める。
2 消滅時効
また、原告らの訴えの変更前の本訴請求は、一部請求であることが明らかである。したがって、訴えの変更(請求の拡張)にかかる昭和五〇年四月一日以降の請求権のうち、右訴えの変更時までに三年ないし五年以上が経過しているものは、時効により消滅したものであり、被告AGS及び被告JALは、第六四回本件口頭弁論期日において右消滅時効を援用した。
(被告AGSの抗弁)
3 責めに帰すべき事由の不存在
(一) 人員数、人員配置について
被告AGSは、昭和三八年に腰痛患者が発生してからは、腰痛問題に対処するという観点を特に重視して、必要人員の充足と人員の適正配置に万全を期している。すなわち、被告AGSは、その業務内容が航空会社からの請負業務のため、注文主である航空会社と緊密な連携を取り、航空機の種類、便数、発着時刻などに変更が生じた場合には、すみやかにこれに即応しうるように計画の修正を行うなど、作業内容の実態に適応しうるように作業人員計画をたてている。
(二) 夜勤、休憩、作業間隔、食事時間について
被告AGSは、従業員の労働負荷の軽減をはかる施策として、月間基準労働時間を創立当時の一七五時間から昭和四六年一〇月一日以降一六四時間、昭和四八年八月一日以降一六〇時間に順次短縮している。
(三) 労働環境について
ステイタイムにおける機内作業は、乗客が降りた後に行われる短時間の作業のため、機内の温度は外界の温度に左右されることは少ないし、機内作業がされる間冷暖房がなされている。ステイタイム以外の滞留時間における機内作業も機体をハンガー内にいれている場合が多いので、機内が外界の温度に左右されることは少なく、夏は機内を冷房している。
(四) 腰痛症に対する対策について
被告AGSは、昭和三八年に腰痛患者が発症して以来、診療所、レントゲン室を設置して専門医による定期検診を実施し、また、従業員から腰痛の申し出があれば、就業時間中にも専門医の診察が受けられるような態勢を取った。また、昭和四〇年五月以降、新入社員採用時には腰部についての異常の有無を検査して合格した者のみを採用することとし、右のようにして採用された従業員に対して、さらに、新卒者について特別検診、中途採用者について登用検診を行い、腰部になんらかの異常が認められる者については、配転、業務変更、就業制限などの業務上の配慮をするとともに必要な診療を受けさせるなどの処置を行った。さらに、腰部予防のため、いわゆるAGS体操の考案及びその実施、物品持ち運びの正しい基本姿勢と動作の要領を図示した冊子を配付するなどして、腰痛に関する知識の周知徹底をはかり、腰痛患者に対しては、リハビリテーション・トレーニング室を設置して、専門のトレーナーによるトレーニングを実施し、腰痛症の早期回復をはかるとともに、腰痛症を会社内職業病と認めて労災と同等に扱い、腰痛患者に対する考課、定期昇給・賞与について腰痛期間中はその服務内容いかんにかかわらず普通以上として取り扱い、腰痛による休暇、被告AGSの診療所以外の病院に通院したことによる遅刻、早退は有給として取り扱うなどして、治療のための服務上の便宜を図り、また、従業員個人の健康度を把握し、その健康に応じた勤務上の配慮、配置転換を行った。
以上、被告AGSは、腰痛症に対する予防措置、早期発見、早期治療、早期回復について被告AGSとして可能な限り施策を講じており、原告らがその疾病を患ったことにつき責めに帰すべき事由は存しない。
4 過失相殺
原告らの従事した機内クリーニング作業による腰部への負担や疲労は、勤務外の時間における適切な休息を取ることによって回復されうる程度のものである。しかるに、原告らは、勤務時間外に組合活動を行うなど、腰部への負担を加重するような活動を行って、自ら休息時間を短縮させ、もって、疲労の回復を妨げあるいは疲労の蓄積をもたらすような生活を繰り返した。
また、被告AGSが原告らに対し業務軽減の措置を講じたところ、原告らは、かえって従来にも増した組合活動を行うことで、さらに、休息時間を短縮させ、疲労の回復を妨げあるいは疲労の蓄積をもたらすような生活を継続した。
したがって、原告らには、その腰痛症の発症とその継続及び治癒の遅延について、過失がある。
四 被告らの主張に対する原告らの反論並びに被告らの抗弁に対する原告らの認否及び主張
(被告AGSの主張に対する反論)
1 原告らの腰痛症の原因が原告らの素因に起因しているという主張に対して
(一) 先天的異常は、一般的に特別の事情がない限り、どの企業、集団にもほぼ同じ比率で存在すると考えられるのに、被告AGSにおいては他の企業に比し腰痛症が異常に多数の集団で発生している。このことは、原告らの腰痛症の原因は、被告AGS特有の異常ストレスが加わったため、すなわち被告AGSの業務に起因するものとみるのが合理的であり、もっぱら先天的骨異常にその原因を求めることの合理性を見いだすことはできない。
被告AGSは、昭和四〇年以降、他の企業と異なり入社前に腰部などの健康診断を特別に行い、特に腰部頑強な者のみを採用している。したがって、他の企業の者に比べ被告AGSには腰部頑強な者の比率が圧倒的に高いはずであるから、腰痛症の原因が腰痛者の先天的素因に存するのであれば、一般的には被告AGSにおいては他の企業に比べ圧倒的に腰痛症患者が少なくなければならないはずである。にもかかわらず、他の企業に比し被告AGSにおいて圧倒的に腰痛症患者が多いという事実は、原告らの腰痛症の原因が被告AGSの業務に起因することを示すものである。
(二) 仮に、原告らが椎間板ヘルニア、腰椎分離症あるいはすべり症などに罹患していたとしても、これらは、業務に起因したものである。
すなわち、椎間板変性は、脊柱への不断の加重負荷や腰椎に対する不自然な負荷、特に前届、中腰姿勢のまま腰部に重量をかける動作や屈伸運動及びこれに腰部の捻転が伴う動作によってもたらされる負荷の強さに対応して、早く変性を増し、椎間板ヘルニア発症、及び再発の可能性は強くなり、かつ病勢が増強する。したがって、推間板ヘルニアの発症、再発及び病勢の増悪と業務との相当因果関係の当否については、その業務従事期間などの点をも総合的に判断して、業務内容が日常の生活上の諸動作に比して脊柱に対する過重な負荷又は腰椎に対する不自然な負荷を不断に加えるものと認められるか否かという観点から判断されるべきである。そして、原告らの従事していた作業内容が、中腰あるいは前屈姿勢で腰部を捻じったり、屈伸運動を要したりするなど、腰部に極めて大きな負担を加えるものであることなどからすれば、右業務が日常生活上の諸動作に比して腰椎に対する不自然な負荷を不断に加えるものであって、右観点に照らし、原告らの腰痛症の発症、悪化が業務に起因するものであることは明らかである。
また、腰椎分離症、すべり症は、後天的ストレスが主因であるとされるのが通常であり、原告らはいずれも本件機内クリーニング作業に従事するまでは何らの腰痛はなく、かつ被告AGSに入社の際に腰部X線検査を含めた検診を受けて就業可とされたのであって、その発症、悪化が業務に起因するものであることは明らかである。
2 原告らの腰痛の原因は勤務外の生活内容に基づくものであるとの主張に対して
(一) 原告らと同一作業に従事している者のうちで、腰痛症に罹患した者総計八五名のうち、腰痛症に罹患した後に組合に加入している者が二七名、腰痛症に罹患した前後を通じて組合に加入していない者が三〇名である。また、被告AGSにおける他の職場を含めた腰痛症は、統計的にみて組合員より非組合員に多数存在する。したがって、統計的にみて腰痛症の発生と組合員として組合活動に参加していることとの間には因果関係は存しない。
(二) 原告らの組合加入の時期は、原告野口及び原告沼田においてはいずれも昭和四七年一一月、原告高橋においては昭和四八年三月末ころであり、いずれも腰痛症発症より後である。したがって、原告らの腰痛症の発症と組合活動との間には因果関係が存しないことは明らかで、被告AGSの主張はその前提を欠く。
(三) 被告AGSが原告らが参加したと主張する組合活動のうち、中央執行委員を構成員とする中央執行委員会、右委員が行う団体交渉、右委員会が発行する闘争ニュースなどの発行については、原告野口を除いて中央執行委員に選出されたことはないので右委員会などの活動に原告沼田、原告高橋が出席することはありえない。また、原告野口についても中央執行委員に選出されたのは、昭和五〇年九月であるから、同人が右活動に参加したのは同月以降である。
また、代議員会についても、原告高橋を除いて代議員に選出されたことはないので、右委員会に原告野口、原告沼田が出席することはありえない。また、原告高橋についても代議員に選出されたのは、昭和五〇年九月であるから、同人が右委員会に参加したのは同月以降である。さらに、青年婦人部会についても、原告らは、いずれも右部会の役員に選出されたことはないので右部会の活動に参加していない。一般組合員である原告らが参加した可能性のあるのは、ビラ配付、学習会、職場討議、レクリエーション活動である。
そして、原告らが参加した可能性のある組合活動の内容は、日常生活上の諸動作に比べて腰部に対する過重な負荷又は不自然な負荷を加えているものではなく、腰痛の原因となりうるものではない。
(四) 職業性の腰痛症は、勤務終了後、安静にして寝ていれば治癒するというものではなく、むしろ、適度に自己の意思に基づき、自己の好む行動、活動動作を積極的に行う方がかえって治療に効果があるということが労働医学上の常識として一般化されている。そして、原告らはいずれもみずからの自由意思に基づいて、勤務終了後の活動を行っている。したがって、腰痛症の発症、回復と勤務終了後会社内に残留しているか否かとの間には因果関係は存しない。
(被告JALの主張に対する反論)
原告らが主張する被告JALと被告AGSとの間の支配従属関係について、被告JALは、それぞれ合理的理由をもって存在しているので、被告JALに対する責任を基礎づけることはできないと主張する。しかし、ここでいう支配従属関係は、被告AGSの労働者に発生している腰痛発症について、予見可能な立場にあり、腰痛発生防止の措置を取ることができ、かつその措置を取るべき義務を負うに足る支配従属関係が存在しているか否かが問題となっているのであり、支配従属関係を基礎づける事実ないし事象について合理的理由が存在しているか否かは問題とならないというべきである。
(抗弁等に対する認否及び主張)
1 抗弁等1のうち請求債権の拡張の申立てが訴訟手続を遅延させるものである点は否認し、その余は認める。
2 同2のうち、原告らの本訴提起時の請求が一部請求があるとの点は否認する。原告らは訴え提起の段階までにすでに金額的に明確になっている各損害の賠償を請求したもので、右時点以降に発生する損害については請求しないと明示していたものでない。
3 同3(一)の事実は否認する。
同3(二)のうち、被告AGS主張の日時に労働時間の短縮が行われたとの事実は認め、その余の事実は否認する。
ちなみに、被告JALの月間労働時間が昭和五三年当時一五四時間で、その前一〇年間変化していないことからすれば、右労働時間でも長すぎる。
同2(三)の事実は否認する。
同3(四)のうち、被告AGSが昭和三八年以来、診療所、レントゲン室を設置し、専門医による定期検診を実施した点、従業員から腰痛の申し出があれば、就業時間中に専門医の診察が受けられる態勢を取っている点、昭和四〇年五月以降、新入社員採用時及び登用時に特別検診を実施している点、AGS体操を考案し実施したとの点、物品持ち運びの要領を図示した冊子を配付したとの点、腰痛患者に対して服務上の便宜を図ったとの点、腰痛患者に対して、配置転換、業務転換、休業等の措置を取ったとの点は認め、その余の事実は否認する。
被告AGSの専門医は、初期腰痛患者に対して、正確な病名、原因を知らせず、また、その治療方針を十分説明せず、医師所見表における就業制限についても病状がかなり悪化するまで認めようとしない。原告らは、就業時間中に検診を受けに行くと、その者の仕事量が他の者の負担となるため、容易に就業時間中に検診を受けに行くことができないのが実情であった。したがって、早期発見、早期回復のための専門医による診療体制とはいえない。
被告AGSが新入社員の入社時及び登用時に特別検診を実施し、AGS体操を実施しても、その後も腰痛患者が発生していることからすれば、これらは、腰痛予防対策となっていないことを示している。人力による物品運搬要領は、搭載作業を主として念頭においたもので、原告らが従事していた機内クリーニング作業に直接適用されるものではない。原告らは、腰痛で休業した場合、シフト勤務に従事した場合に比べて深夜加給手当、夜間勤務割増額、特殊時間帯出退勤割増額の手当てが支給されず、また、賃金が低賃金であるため、腰痛をがまんしてシフト勤務に出てさらに腰痛を悪化させることになる。したがって、腰痛患者に対する服務上の便宜措置による補償は、早期発見、早期回復のための措置とはいえない。
被告AGSは、腰痛患者に対して、配置転換、業務転換、休業等の措置を講じていると主張するが、その時期は遅きに失している。
4 同4の主張は争う。
第三 証拠<略>
理由
第一請求原因について
一原告らの地位
原告野口は、昭和四七年一月二五日、原告沼田及び原告高橋は、同年四月一日に被告AGSに入社し、いずれもレントゲン線による腰部検査を含む健康診断を受けた結果、原告野口は、搭載業務可(腰部所見A)、原告沼田及び原告高橋は、搭載業務以外の業務可(腰部所見B)との判定を受けたこと、その後被告AGS羽田客室第一課(国内線客室課)に配属され、原告野口は同年三月一四日から、原告沼田は同年四月一七日から、原告高橋は同年四月一六日から、それぞれ、機内クリーニング作業に従事したこと、原告野口は、同年三月二三日から、原告沼田及び原告高橋は、機内クリーニング作業を開始した日から、交替制勤務に従事したことは、原告らと被告AGSとの間では争いがなく、<証拠略>によれば、右事実を認めることができる。
二原告らの疾病の発症と経過
1 原告野口について
(一) 嘱託医及び松井医師による診察内容
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四七年六月
原告野口は、昭和四七年六月三日、被告AGSに対し、検診願いを提出し、腰痛の発生状況に関して、昭和四七年四月一日ころから徐々に痛みを覚えたこと、灰皿クリーニング作業をしていた際に痛みを感じ、中腰作業すなわち灰皿、ポケットのクリーニング作業をしていると腰が重く、坐って背を伸ばした状態では苦痛である旨申告した。
原告野口は、同年六月六日、嘱託医の診察を受け、筋々膜性腰痛との診断を受け、その際の診察では、脊柱、脊柱運動に異常はなく、叩打痛、圧痛、左右ともラセグー症候もなく、膝蓋腱反射、アキレス腱反射は左右とも正常、レントゲン線像にも異常は認められないが、腹筋力がやや低下していると認められた。以上の結果から、嘱託医は、このまま経過をみることとし、機内クリーニング作業の就労及びナイト勤務はいずれも可能との判断をした。
なお、原告野口は、その後昭和四九年四月三〇日まで、いずれも筋々膜性腰痛との診断を受けた。
(2) 昭和四七年八月
原告野口は、同年八月一〇日、登用のための検診を受けたが、この際、レントゲン線像に異常はなく、腰痛について申告をしなかった。
(3) 昭和四八年一月
原告野口は、昭和四八年一月一七日、検診願いを提出し、腰痛の発生状況に関して同年一月一五日にポケット作業中に突然痛みを覚えたこと、雨の日や寒い日が特に痛い旨申告した。原告野口は、同月二〇日、嘱託医の診察を受け、腰筋の両側に圧痛、ラセグー症候はいずれもなく、腹筋力も良好であるが、上臀神経の両側に圧痛が認められ、その際、同月八日の傘渡しの作業後腰痛を生じ、作業中はあまり痛みを感じないが、坐位のとき腰痛が増す旨申告した。
以上の結果から、嘱託医は、原告野口の症状は悪化傾向にあるが、就労能力、勤務能力に変化はないと判断し、ホットパック治療を指示し、原告野口は、一月中に三回、ホットパック治療を受けた。
(4) 昭和四八年二月
① 原告野口は、同年二月六日、嘱託医の診察を受け、腰筋及び上臀神経に圧痛はなく、ラセグー症候も認められなかったが、その際、一時間位の坐位で痛むこと、仕事中も時々痛む旨申告した。以上の結果から、嘱託医は、経過をみることとし、その症状は同一状態が継続していて、就労能力、勤務能力は前回の診察時と同様と判断し、引き続きホットパック治療を指示した。
なお、嘱託医は、同日以降も、原告野口の症状について、同一状態が継続していると判断しその指示により、原告野口は、二月中に七回、三月中に三回、四月中に七回、五月中に三回、六月中に三回ホットパック治療を受けた。
② 原告野口は、同年二月二〇日、嘱託医の診察を受け、ラセグー症候は認められないが、腰筋両側に圧痛があり、腹筋力が低下していることが認められ、その際、デイ勤務の方がつらいと申告した。嘱託医は、腰痛を気にしている原告野口に対して、心配する症状ではないこと、スポーツはなにを行ってもかまわない旨説明し、また、就労能力は機内クリーニング作業可能のランクからエアコンなどの作業可能のランクへ低下しているが、勤務能力には変化はないと判断し、投薬及びホットパック治療を指示した。
(5) 昭和四八年五月
原告野口は、同年五月二二日、嘱託医の診察を受け、ラセグー症候は認められないが、腰椎にやや前屈制限があることが認められ、その際、起床時に疼痛があること、腰痛が持続すること及び両足底部痛を申告した。以上の結果から、嘱託医は、就労能力は依然として低下の状態にあり、勤務能力には変化はないが、経過によってはシフトの変更を要すると判断し、両足底部痛の訴えに対して、足底板の作製を指示した。
(6) 昭和四八年六月
① 原告野口は、同年六月二一日、嘱託医の診察を受けたが、その際の症状は、腰椎の圧痛、座骨神経の圧痛及びラセグー症候は認められないが、腰椎に叩打痛、腰筋左側に圧痛、上臀神経左側に圧痛が認められ、六月上旬には、足部痛が継続している状態であった。以上の結果から、嘱託医は、就労能力は依然として低下の状態にあるが、勤務能力には変化はないと判断し、ホットパック治療を指示した。
② 原告野口は、同年六月二二日及び同年七月六日に、松井医師の診察を受け、いずれも、病名腰痛症で、診察日より約一週間の休養加療を要するとの診断を受けた。
(7) 昭和四八年七月
原告野口は、同年七月二八日、嘱託医の診察を受け、ラセグー症候は認められず、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射はいずれも正常であるが、腰筋の左右及び上臀神経左右に圧痛及び腹筋力の低下が認められた。以上の結果から、嘱託医は、就労能力は依然として低下の状態にあるが、勤務能力には変化はないと判断し、ホットパック治療を指示した。
(8) 昭和四八年八月
原告野口は、同年八月三一日、松井医師の診察を受け、同医師は、病名腰痛症で右症状により加療中症状軽快し、通常の仕事に従事して支障ないものと診断した。
(9) 昭和四九年四月
原告野口は、昭和四九年四月三〇日、嘱託医の診察を受け、ラセグー症候、腰椎に圧痛は認められず、膝蓋腱反射、アキレス腱反射は正常であるが、下部腰椎に叩打痛、腰椎の軽度の前屈制限、腰筋両側に軽度の圧痛、両大腿部後側筋群に拘縮が認められた。以上の結果から、嘱託医は、就労能力は最低のその他の軽作業、勤務能力も週五日のデイ勤務が可能と診断され、その就労能力及び勤務能力が低下していることから、午後のトレーニングを要する旨を指示した。
(二) 大田病院における診察及び治療
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四八年一〇月
原告野口は、昭和四八年一〇月一六日、大田病院の医師の診察を受け、ラセグー症候はなし、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、知覚、座骨神経圧痛及び筋力は左右同等、ベルト上の腰部に自発痛ないし圧痛が認められ、その際、前年暮れころより次第に痛みが強くなり、疲れると両足底痛が出てくると申告した。以上の結果から、同医師は、同年一〇月二二日、病名腰痛症で、右症状により向後一か月の間休業加療を要すると診断した。以後、同医師は、昭和四九年二月二八日まで、およそ一か月に一度の割合で、病名腰痛症あるいは腰背痛症で、休業加療を要する旨の診断をした。
(2) 昭和四八年一二月
原告野口は、昭和四八年一二月一三日、大田病院の医師の診察を受け、ラセグー症候はなし、パトリックテストの結果はマイナスで、知覚、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射はいずれも正常、脊柱レントゲンの結果異常は認められないが、第三腰椎傍椎筋群両側及び中、小臀筋に顕著な圧痛が認められ、同医師は、マイクロテラピー治療を指示した。
原告野口は、同日、大田病院において、「日常生活の不便・苦痛についての調査表」と題する書面に、「長く続けて字をかくとつらい」、「階段を降りるのがつらい」、「平地でも歩くとすぐ疲れる」、「天気の悪い日は身体の具合がよくない」、「いままでより冷房がつらい」、「寝つきが悪く、眠りが浅い」「本を長く続けて読む根気がない」、「テレビをみているとすぐ疲れる」、「じっと坐っているとすぐつらくなる」、「自由な時間はできるだけ横になりたい」及び「身体の具合がよくないので憂鬱である」という欄に二重丸印をつけ、その旨自覚症状を申告した。
(3) 昭和四九年一月
原告野口は、昭和四九年一月中に三回、大田病院の医師の診察を受け、その間の主な症状として、臀部から腰部にかけて顕著な圧痛、第一二胸椎傍椎筋群に圧痛、第三胸椎傍椎筋群に顕著な圧痛が認められ、その際、暮れから正月にかけて痛くて寝ていたこと、階段の上り降りに際して、両側膝が痛い旨申告した。以上の結果から、同医師は、同月一七日の診察時にリハビリテーションを指示し、その後、マラソン及び半日勤務の方向でのリハビリテーションを指示し、このころ、原告野口は、週三回の割合で鍼とマッサージの治療を受けた。
(4) 昭和四九年二月
原告野口は、同年二月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、背、腰部傍椎筋群、殊に第三腰椎傍椎筋群に顕著な圧痛が認められたところ、同月下旬の診察時には痛みの軽快が見られ、腰椎レントゲン線の所見はおよそ異常無しと認められたが、その際も坐位、立位、歩行を継続すると痛くなる旨申告し、同医師は、温熱療法と水泳によるリハビリテーションを指示した。このころ、原告野口は、週三回の割合で鍼の治療を受けた。
(5) 昭和四九年三月
原告野口は、昭和四九年三月一四日、大田病院の医師の診察を受け、ラセグー症候はないが、第一ないし第三腰椎傍椎筋群に顕著な圧痛、臀部に軽度の痛みが認められた。
(6) 昭和四九年四月
原告野口は、同年四月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、朝方圧重感があるが、痛くない日が多くなってきた旨申告し、右医師は、サーキットトレーニングあるいは水泳によるリハビリテーションや一日二回のベーラー体操をするよう指示するとともに、同月二五日、病名腰背痛症で右症状治療中のところ、相当の軽快をみたので、週三回午前三時間程度の復職訓練が望ましいとの診断をした。
(7) 昭和四九年五月
① 原告野口は、前記(一)(9)認定のとおり、昭和四九年四月三〇日、嘱託医の診察を受けたところ、週五日のデイ勤務により、午前中勤務で午後トレーニングによる勤務が可能との診断を受けたが、原告野口は、自分では週五日の勤務には耐えられないと感じていたこと及び嘱託医の診断が大田病院の医師による診断と食い違うことから、大田病院の医師に相談したところ、同医師は、同年五月七日、病名腰背痛症、右症状によりリハビリテーションを進めているが、向こう一か月の休養加療を要する旨の診断をした。
② 原告野口は、同月二三日にも、同医師の診察を受け、後屈異常なしと認められたが、同医師は、病名腰背痛症で右症状の軽快をみているため六月一日以降は午前中の軽作業勤務による職場内復帰訓練を行うことが望ましいと診断した。
(8) 昭和四九年六月
原告野口は、同年六月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、主な症状は、第三ないし第五腰椎に腰仙部痛が認められ、同医師は、水泳によるリハビリテーションを指示し、このころ、原告野口は、ベーラー体操による機能回復訓練を行った。
(9) 昭和四九年八月
① 原告野口は、同年八月一日、大田病院の医師の診察を受け、後側屈制限はなく、腰仙部にかるい圧痛が認められ、同医師は、病名腰背痛症で右症状により同日から午前三時間、午後一時間の勤務が妥当と診断した。
② 原告野口は、同月二二日、同医師の診察を受け、水泳によるリハビリテーションを行い調子がよい旨同医師に申告し、同医師は、同日、病名腰背痛症で午後の勤務時間を一時間から三時間に延長するのが妥当と診断した。
(10) 昭和四九年一〇月から昭和五〇年一月まで
原告野口は、昭和四九年一〇月から昭和五〇年一月まで、およそ一か月に一度の割合で、大田病院の医師の診察を受けたが、その間の主な症状は、第三腰椎傍椎筋群、両側中臀筋に圧痛が認められるというものであった。
(11) 昭和五〇年二月から昭和五四年九月まで
① 原告野口は、昭和五〇年二月二〇日、大田病院の医師の診察を受け、腰は朝方やや重苦しいが、昼は痛まない旨申告し、同医師は、病名腰背痛症、軽作業で定時の就労を行い経過をみるのが妥当と診断し、以後、昭和五四年九月まで、右と同内容の診断をした。
② 原告野口は、昭和五〇年三月から昭和五四年九月まで、およそ一ないし三か月に一回の割合で同医師の診察を受け、昭和五〇年八月には、立っていると両足底部に顕著な痛みがある旨、昭和五一年六月までは、立っていると足から腰にかけて痛くなる旨申告し、同年一〇月には、第三腰椎傍椎筋群両側に顕著な圧痛が、昭和五一年及び昭和五二年の六月には、腸骨後上棘付近に痛みが、同年九月には一時的な左腰痛が認められたほかは、その際に、朝方あるいは天気が悪いと腰が重いなどという申告をする程度で、足の痛みについても、昭和五一年一一月には、立っていると腰が痛くなるが、かつてのように足から痛くなるわけではない旨申告した。
(12) 昭和五四年一二月から昭和五五年三月まで
① 原告野口は、昭和五四年一二月二六日、大田病院の医師の診察を受け、立っていると足腰が痛いことを申告し、同医師は、従来の業務内容のデイスイング勤務が妥当と診断し、以後、昭和五五年三月まで、右と同内容の診断をした。
② 原告野口は、昭和五四年一二月から昭和五五年三月までおよそ三か月に一度の割合で同医師の診察を受け、概ねその間は長く立っていると足腰が痛いと申告し、同年三月には、同年二月からデイスイング勤務に入ってから一時痛かったがその後元どおりになったと申告した。
原告野口は、昭和五三年三月ころは週二回の割合で鍼、マッサージの治療を受けた。
(三) その後の経過
<証拠略>によれば、原告野口は、昭和五五年三月以降も大田病院、芝病院に通院し、鍼、マッサージの治療を受けたことが認められる。
2 原告沼田について
(一) AGS嘱託医の診察及び治療
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四八年一月
① 原告沼田は、昭和四八年一月二〇日、被告AGSに対し、検診願いを提出し、腰痛の発生状況に関して、昭和四七年六月ころから徐々に痛みを覚えたこと、入社後疲労時に腰に痛みを感ずるようになり、その後同じ姿勢でいると一段と痛みを感ずる旨申告した。
② 原告沼田は、同月二七日、嘱託医の診察を受け、筋々膜性腰痛との診断を受け、以後、昭和四九年四月二三日まで、昭和四八年九月一三日及び同年一一月二九日の診察時を除いて、いずれも筋々膜性腰痛との診断を受けた。そのうち、昭和四八年一月二七日の診察時には、脊柱、脊柱運動に異常はなく、左右ともラセグー症候はなく、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射は左右とも正常、知覚及びレントゲン線像にも異常は認められず、腹筋力も良好であるが、右腰筋及び右上臀神経に圧痛が認められた。
以上の結果から、嘱託医は、原告沼田の症状は悪化傾向にあり、就労能力には変化はないが、勤務能力についてはナイト勤務可能のランクからスイング勤務可能のランクまで能力が一ランク低下していると判断し、投薬及びホットパック治療を指示し、同原告は、一月中に二回ホットパック治療を受けた。
(2) 昭和四八年二月
① 原告沼田は、同年二月六日、嘱託医の診察を受け、前屈制限、第三ないし第五腰椎突起間靱帯に圧痛が認められ、その際に、疼痛が持続し仕事中つらい旨申告した。以上の結果から、嘱託医は、原告沼田の症状は悪化傾向にあり、就労能力は最低であるその他の軽作業可能のランク、勤務能力はスイング勤務可能のランクから最低であるデイ勤務可能のランクへ低下していると判断し、二週間デイオンリー勤務で経過をみることとし、投薬及びホットパック治療を指示した。
② 原告沼田は、同月二〇日、嘱託医の診察を受け、軽度の前屈制限、下部腰椎に圧痛が認められ、その際に、勤務時間はデイオンリーとなったが、仕事は普通にしていた旨申告した。以上の結果から、嘱託医は、同一症状が継続していて、就労能力及び勤務能力は、前回診断時と同様であり、その他の軽作業によるデイ勤務が可能と判断し、同月中はデイオンリー勤務により経過をみることとし、ホットパック治療を指示し、原告沼田は、二月中に一二回ホットパック治療を受けた。
(3) 昭和四八年三月
原告沼田は、同年三月中に二回嘱託医の診察を受け、同月三日の診察時に、後屈で腰痛があり、下部腰椎と上臀神経右側に圧痛が認められたが、腰筋両側に圧痛はなく、左右ともラセグー症候はなく、腹筋力も良好と認められた。以上の結果から、嘱託医は、原告沼田の症状については経過が良好であり、就労能力及び勤務能力は、前回の診断時と同様に、その他の軽作業による、デイ勤務が可能と判断し、ホットパック治療を指示し、原告沼田は、三月中に二〇回ホットパック治療を受けた。
(4) 昭和四八年四月
原告沼田は、同年四月中に二回嘱託医の診察を受け、その間の主な症状としては、背部の緊張感、傍椎筋群の両側に圧痛、腰筋の両側に圧痛が認められた。以上の結果から、嘱託医は、原告沼田の症状については同一症状が継続していて、就労能力、勤務能力は前回の診断時と同様であると判断し、ホットパック治療を指示し、原告沼田は、四月中に一一回、五月中に四回、六月中に一〇回ホットパック治療を受けた。
(5) 昭和四八年七月
原告沼田は、同年七月中に二回、嘱託医の診察を受け、その間の主な症状について、腰筋に圧痛、上臀神経の両側に圧痛があるほか、腹筋力がやや低下していることが認められ、その際に左下肢が痺れること、起床時に腰痛が強いことを申告した。以上の結果から、嘱託医は、症状、就労能力及び勤務能力は、前回の診察時と同様と判断し、同月下旬には従来のホットパック治療に替えてマイクロ波治療を指示し、原告沼田は、七月中に一四回ホットパック治療を、七月から八月にかけて二二回マイクロ波治療を受けた。
(6) 昭和四八年八月
① 原告沼田は、同年八月一〇日、嘱託医の診察を受け、腰筋の左右に圧痛があり、腹筋力がやや低下していることが認められ、その際に、駅の階段で足をあげているつもりでも足があがっておらず、足がひっかかることがあると申告し、嘱託医は、症状、就労能力及び勤務能力は、前回の診察時と同様に判断し、引き続きマイクロ波治療を指示した。
② 原告沼田は、同月三一日、嘱託医の診察を受け、下部腰椎の圧痛、腰筋の左側に圧痛、ラセグー症候が左側に七五度以内、腹筋力の低下が認められ、その際に、左下肢の痺れを申告した。以上の結果から、嘱託医は、症状は悪化傾向にあり、就労能力及び勤務能力は前回の診察時から変化はないと判断し、マイクロ波治療を指示した。
(7) 昭和四八年九月
原告沼田は、同年九月一四日、嘱託医の診察を受け、前屈が床上二〇センチメートル、ラセグー症候が左側七五度以内であり、腰筋の左側と上臀神経の左側の圧痛、腹筋力の低下及び左下肢の知覚異常が認められた。以上の結果から、嘱託医は、原告沼田の病名を腰椎々間板ヘルニアの疑い、症状は悪化傾向にあり、就労能力及び勤務能力には変化はないと判断し、マイクロ波療法及び骨盤牽引の治療を指示し、ビタメジン注射を行った。原告沼田は、右指示により九月から一一月にかけて、マイクロ波治療を四四回、骨盤牽引を一二回、ビタメジン注射を二二回受けたが、このころ、精神的にいらいらした状態が続いた。
(8) 昭和四八年一一月
① 原告沼田は、同年一一月一六日、嘱託医の診察を受け、脊柱運動について各方向に運動制限、第一二胸椎に圧痛、傍椎筋群に圧痛、腰筋の左右に圧痛、ラセグー症候が左右に七五度以内、レントゲン線像で下部胸椎にシュモール結節が認められ、その際に、胸腰椎移行部の疼痛及び立位を保つと痛む旨申告した。以上の結果から、嘱託医は、一週間の安静加療を要する旨判断し、投薬を行った。
② 原告沼田は、同月二九日、嘱託医の診察をうけ、前屈及び後屈時の運動痛が顕著で、胸椎(下部)より腰椎にかけての圧痛、傍椎筋群の両側に圧痛、上臀神経及び座骨神経の左側に圧痛、ラセグー症候が両側に約四五度認められ、その際に、胸腰椎移行部の疼痛が続いている旨申告した。以上の結果から、嘱託医は、病名を腰椎々間板ヘルニアの疑いとし、症状は悪化傾向にあり、就労能力及び勤務能力は、休業前と同様と判断し、投薬及びカシワドールの注射を行った。原告沼田は、昭和四八年一二月から昭和四九年一月にかけて、マイクロ波治療を二五回、カシワドール注射を九回受けた。
(9) 昭和四九年四月
原告沼田は、昭和四九年四月二三日、嘱託医の診察を受け、前屈が床上二ないし三センチメートルで、ラセグー症候が両側に中等度、大腿後側筋群に緊張が認められた。以上の結果から、嘱託医は、症状は軽度であること、就労能力は最低であるその他の軽作業、勤務能力については、原告沼田からの一日勤務は無理であるという申告により、午前中勤務が可能と判断し、同原告は、ホットパック及びマッサージ治療を各々四回受けた。
(二) 大田病院における診察及び治療
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四八年一二月
原告沼田は、昭和四八年一二月二七日、大田病院の医師の診察を受け、ラセグー症候はなく、パトリックテストの結果もマイナスであるが、前屈が床上二〇センチメートル、後、側屈は中等度で、前屈時に第二ないし第四腰椎傍椎筋群に痛み、左足外側に知覚鈍麻、昭和四六年一〇月の入社検診時には一三一キログラムであった背筋力が九二キログラムに低下したことが認められ、その際に、冬に入ってから左鼠径部、左大腿後面、下腿外側に痛み及び痺れ感がある旨申告した。
(2) 昭和四九年一月
原告沼田は、昭和四九年一月一七日、大田病院の医師の診察を受け、仙腸関節、股関節レントゲン線像に異常は認められなかったが、左第一足指の背屈力、底屈力の低下、左足下腿外側の知覚の低下、アキレス腱反射及び膝蓋腱反射の亢進が認められ、その際に、左のつま先がよく階段にひっかかると申告した。以上の結果から、同医師は、痛みの原因について、第五腰椎、強いていえば第四腰椎下関節突起のつっこみが強いが、骨反応の増強もなく痛みの原因とはいえないと判断し、安静の上、リハビリテーションを指示したうえ、病名腰痛座骨神経痛症候群で、二か月の休業加療を要するとの診断をした。
(3) 昭和四九年二月
原告沼田は、同年二月二一日、大田病院の医師の診察を受け、前回の診察時と症状に変化がないことが認められ、その際に、腰痛が一時憎悪したこと、冷え込むと調子が悪い旨を、また、同月二八日の診察時に、あぐらをかいていると左足が痺れる旨申告した。以上の結果から、同医師は、同月二八日の診察時に運動練習及び水泳を行うことを指示した。原告沼田は、このころ、週三回の鍼治療を受けた。
(4) 昭和四九年三月
原告沼田は、同年三月一四日、大田病院の医師の診察を受け、足の痺れがとれ、左第五腰髄神経支配領域の運動性と知覚が正常範囲になったと認められたため、右医師は、同月一八日、左下腿の知覚運動障害が消失してきたので、さしあたり一か月間週五日勤務で、一回あたり二ないし三時間の短縮勤務により仕事にならすのが妥当と診断した。
(5) 昭和四九年四月
原告沼田は、同年四月四日、大田病院の医師の診察を受け、左第五腰髄神経支配領域のラセグー症候がプラスと認められたが、右支配領域のパトリックテストの結果はマイナスで、アキレス腱反射及び膝蓋腱反射はいずれも正常、知覚鈍麻もマイナス、運動性も正常と認められ、同医師は、同月一八日、経過が比較的よいので今後一か月間は一日四時間の短縮勤務をして軽快を待つのが妥当と診断した。原告沼田は、このころ、週二回の鍼治療を受けた。
(6) 昭和四九年五月
原告沼田は、同年五月一六日、大田病院の医師の診察を受け、足には異常がなく、腰も痛くない旨申告し、同医師は、同日、自覚症状は軽快したが、背筋力を就業前の水準に戻すためリハビリテーションの必要を認め、今後一か月間は一日六時間勤務が妥当と診断した。
(7) 昭和四九年六月から同年一一月まで
① 原告沼田は、同年六月二〇日、大田病院の医師の診察を受け、臨床的に特記すべき所見は認められなかったが、その際に、ときたま腰が重くなること、全身倦怠感があることを申告し、同医師は、今後三か月間は軽作業を必要とすると診断した。原告沼田は、このころ、ベーラー体操を行っていた。
同医師は、その後同年一一月二八日まで、一、二か月に一度の割合で、原告沼田について病名腰痛座骨神経症候群あるいは腰痛症により軽作業を要すると診断した。
② 同年六月から同年一一月までの間の原告沼田の主な症状は、風呂から上がって冷えたときの左大腿及び下腿外側の鈍痛、左第三腰椎傍椎筋群、左臀部に圧痛、起床時や天気が悪いときの腰痛などが認められ、原告沼田は、昭和四九年一二月ころから、マイクロテラピー治療を継続的に受けるようになった。
(8) 昭和五〇年四月から昭和五二年八月まで
① 原告沼田は、昭和五〇年四月三日、大田病院の医師の診察を受け、第三腰椎傍椎筋群及び臀部の圧痛も認められず、その際に、機内クリーニング作業をやってみたところ異常がなかったので、同作業に復帰したい旨申告し、同医師は、症状が軽快したので深夜勤を除く機内クリーニング作業に復帰し、経過をみるのが妥当と診断した。同医師は、その後、昭和五二年八月二三日まで右と同内容の診断をした。
② 昭和五〇年四月から昭和五二年八月までの間の原告沼田の主な症状は、立ち上がったときや電車に駆け込むときなどに一時腰がギクッとし、疲労や天気が悪いときに腰が重く感じることがあるが、痛みはないこと、腰仙部に月に一、二度鈍痛があること、運動後に腰痛があるがしばらくすると直ること、立ち上がるときなどに座骨結節から左ふくら脛にかけて痛みが走ることがあること、第三腰椎棘突起を押すとひびくことがあるなどであった。原告沼田は、同期間中、主としてマイクロテラピーのほか、水泳、ベーラー体操を行った。また、原告沼田は、右医師から、昭和五一年七月以降体重を減らすよう度々指示を受けた。
(9) 昭和五二年一一月
① 原告沼田は、昭和五二年一一月一〇日、大田病院の医師の診察を受け、歩行中に腓骨頭の後側につれるような痛みがあるが、座ると回復する旨を申告し、同医師は、病名腰痛座骨神経痛症候群により一か月間の休業加療を要すると診断した。
② 原告沼田は、同月二四日、同医師の診察を受け、腓側二頭筋後の痙攣が低下し、痛みもないと認められ、同医師は、病名腰痛座骨神経痛症候群により四か月間深夜勤務を除く機内クリーニング作業に従事させるのが妥当と診断した。
同医師は、その後、昭和五五年七月まで、三、四か月に一度の割合で、右と同内容の診断をした。
(10) 昭和五二年一二月から昭和五五年九月まで
原告沼田は、昭和五二年一二月以降昭和五五年九月まで、おおむね二、三か月に一度の割合で、大田病院の医師の診察を受けたが、この間の主な症状は、腓骨頭の後側のつれるような痛み、寒いときや天気の悪いときなどにたまに感じる腰痛であるが、仕事にも日常生活にもさしつかえない程度であるというものであった。
原告沼田は、この間、主として、マイクロテラピー治療を受けた。
なお、原告沼田は、このころ、脂肪肝、軽糖尿病との診断を受け、体重を減らすよう指示を受けた。
この間、原告沼田は、主として、マイクロテラピー治療を受けた。
(三) その後の経過
<証拠略>を総合すれば、原告沼田は、昭和五五年九月以降も大田病院、芝病院に通院し、鍼及びマッサージの治療を受けたことが認められる。
3 原告高橋について
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 嘱託医による診察及び治療
(1) 昭和四七年六月
原告高橋は、昭和四七年六月二二日、嘱託医の診察を受け、筋々膜性腰痛と診断を受け、以後、昭和四八年八月まで、同様に筋々膜性腰痛と診断を受け、同年九月以降同年一〇月までは、腰椎々間板ヘルニアあるいはその疑いありと診断を受けた。
原告高橋は、昭和四七年六月二二日の診察時に、同年六月二〇日ころから徐々に腰の痛みを覚えたこと、腰部両側に疼痛があり、重い物をもつと痛み、重い物が持てない旨申告し、脊柱、脊柱運動制限の異常はなく、叩打痛、腰筋及び座骨神経の圧痛はなく、膝蓋腱反射及びアキレス腱反射は正常、知覚及びレントゲン線像に異常は認められないが、上臀神経の左側に圧痛及びラセグー症候が左右とも七五度以内と認められた。以上の結果から、嘱託医は、投薬のみで経過をみることとし、機内クリーニング作業の就労及びナイト勤務はいずれも可能と判断し、投薬及び体操療法を指示し、原告高橋は、同年一〇月から昭和四八年三月まで二七回、トレーニング療法を受けた。
(2) 昭和四七年一一月
原告高橋は、昭和四七年一一月初めころ、被告AGSに対し、検診願いを提出し、腰痛の発生状況に関して、同年一〇月三一日ころから徐々に痛みを覚えたこと、足がつれたような感じがする旨申告した。原告高橋は、同年一一月一四日、嘱託医の診察を受け、腰椎に軽度の前屈制限、大腿後側筋群に拘縮、腹筋力の低下が認められ、その際に、仕事の後腰痛があり、下肢の倦怠感及び足がつれたようになる旨申告した。以上の結果から、嘱託医は、症状は同一状態にあり、就労能力については、機内クリーニング作業可能のランクから一ランク下のエアコンなどの作業可能のランクへの低下を認めたが、勤務能力については従前と変化はないと判断し、投薬及びトレーニングを続けるよう指示した。
(3) 昭和四八年三月
原告高橋は、昭和四八年三月二七日、被告AGSに対し、検診願いを提出し、同月二六日ころから徐々に腰の痛みを覚え、腰を曲げる作業をしていると足が痙攣する旨申告した。原告高橋は、同月三一日、嘱託医の診察を受け、腰筋の両側に圧痛、腹筋力がやや低下していることが認められ、嘱託医は、その症状は悪化傾向にあり、就労能力については、エアコンなどの作業可能のランクから二ランク下のその他の軽作業可能のランクへの低下を認め、勤務能力についても、ナイト勤務可能のランクから二ランク下のデイ勤務可能のランクへの低下を認め、投薬を行い、トレーニング療法の中止及びホットパック治療を指示した。原告高橋は、同月以降一〇月まで、月平均約一三回ないし一五回、ホットパック治療を受けた。
(4) 昭和四八年四月
原告高橋は、同年四月二一日、嘱託医の診察を受け、腰筋の両側に圧痛、腹筋力が弱まっていることが認められ、嘱託医は、その症状は悪化傾向にあり、就労能力及び勤務能力は前回の診断時と同様と判断し、投薬及びホットパック治療を続けることを指示した。
(5) 昭和四八年六月
原告高橋は、同年六月三〇日、嘱託医の診察を受け、腰筋の両側に圧痛、ラセグー症候が両側七五度以内、腹筋力が弱いことが認められ、その際に、立位を約二〇分間続けると腰痛が生じる旨申告し、嘱託医は、症状は悪化傾向にあり、就労能力及び勤務能力は前回の診断時と同様と判断し、レントゲン線撮影などの検査を受けること及びホットパック治療を指示した。
(6) 昭和四八年七月
原告高橋は、同年七月七日、嘱託医の診察を受けたが、レントゲン線像に異常は認められず、嘱託医は、症状は同一状態が継続していて、就労能力及び勤務能力は前回の診断時と同様と判断し、ホットパック治療を指示した。
(7) 昭和四八年八月
原告高橋は、同年八月中に三回、嘱託医の診察を受け、その間の主な症状は、時々左臀部に疼痛、腰筋の両側に圧痛、上臀神経及び座骨神経の左側に圧痛があり、また、腰椎の前湾減少が認められ、嘱託医は、同一症状が継続していて、就労能力及び勤務能力は前回の診断時と同様と判断し、投薬及びホットパック治療を指示した。
(8) 昭和四八年九月
① 原告高橋は、同年九月七日、嘱託医の診察を受け、軽度の脊柱運動制限、腰筋の両側に圧痛、上臀神経の両側に圧痛、ラセグー症候が左右七五度以内、腹筋力が弱いことが認められ、その際に、同年八月二〇日ころから、立位、坐位を続けると臀部痛と左座骨神経痛を生じる旨申告した。
以上の結果により、嘱託医は、前回と同じく、病名を腰椎々間板ヘルニアの疑いとし、症状は悪化傾向にあり、就労能力及び勤務能力は前回の診断時と同様と判断し、ビタメジン注射及び骨盤牽引を指示し、原告高橋は、同月以降一〇月まで、ホットパック治療に加え、骨盤牽引を二三回、ビタメジン注射を二〇回受けた。
② 原告高橋は、同年九月二七日、嘱託医の診察を受け、左足親指の背屈力及び知覚は正常であるが、上臀神経及び座骨神経の両側に圧痛、ラセグー症候が左側約六〇度と認められ、その際に、最近腰痛が増したこと及び左足親指が痺れる旨を申告した。以上の結果により、嘱託医は、症状が悪化しているので注意が必要であると判断し、投薬、注射、骨盤牽引及びホットパック治療を指示した。
(9) 昭和四八年一〇月
原告高橋は、同年一〇月中に三回嘱託医の診察を受け、主な症状として、腰筋の両側に圧痛、上臀神経の両側に圧痛、ラセグー症候が左右七五度以内、腹筋力の低下が認められ、その際に、起床時や立位において腰痛がある旨申告した。以上の結果により、嘱託医は、症状は悪化傾向にあり、ダーメンコルセットの装着の必要を認め、同月一九日から一週間の休業を命じたが、その休業の前後の就労能力及び勤務能力については、従前と変化はなく、その他の軽作業のランク及びデイ勤務可能と判断し、投薬、注射、骨盤牽引及びホットパック治療を指示した。
(二) 東京労災病院における診察及び治療について
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四八年一〇月
① 原告高橋は、昭和四八年一〇月二〇日、東京労災病院の医師の診察を受け、運動性は良好、叩打痛及びラセグー症候はなし、アキレス腱反射及び膝蓋腱反射は左右とも正常、知覚も正常と認められたが、傍脊柱筋群及び棘突起部に圧痛があり、そり腰であること及びレントゲン線像に椎間板変性が認められた。
② 原告高橋は、同月二四日、同医師の診察を受け、左腰部及び臀部に圧痛及び叩打痛、ラセグー症候が左側八〇度あり、アキレス腱反射及び膝蓋腱反射の亢進が認められた。
③ 原告高橋は、同月三一日、同医師の診察を受け、棘上靭帯の穿刺部位に疼痛、ラセグー症候が右側八〇度、左側九〇度あると認められ、同医師は、病名椎間板変性症と診断し、検査目的のため入院が必要と判断した。
(2) 昭和四八年一一月
① 原告高橋は、同年一一月五日から同月一五日まで東京労災病院に検査のため入院し、その間の主な症状は、後屈で腰部に疼痛、傍脊柱筋群の両側に圧痛があり、上臀神経の両側に圧痛、レントゲン線像により第三、第四腰椎間及び第五、第六頸椎間が狭小で軽度の変形があることが認められたが、脊髄腔造影術の結果、陰影欠損及び流通障害は認められなかった。以上の結果から、同病院の医師は、同月一二日、病名腰痛症で今後約二週間の加療を要する見込みと診断した。
② 原告高橋は、同月二〇日、同医師の診察を受け、ラセグー症候はなし、アキレス腱反射及び膝蓋腱反射も両側正常と認められたが、その際に、両下肢に重苦しい感じがある旨申告した。
③ 原告高橋は、同月二七日、同医師の診察を受け、ラセグー症候は左右八〇度あると認められた。
(3) 昭和四八年一二月
原告高橋は、同年一二月五日、東京労災病院の医師の診察を受け、脊柱の歪曲は正常で、その運動は比較的良好、傍脊柱筋群及び棘突起部に圧痛があるが、叩打痛及びラセグー症候はなし、アキレス腱反射及び膝蓋腱反射、知覚は正常と認められたが、その際に、下肢の痺れが強いこと、坐位の姿勢に関係なく痛みがあり、腰から下腿、下肢にかけて痛みがある旨申告した。以上の結果から、同医師は、神経炎にしては反射の明らかな低下が見られず、知覚障害もはっきりしていないと判断した。
東京労災病院における治療は、主として投薬及び注射であった。
(三) 大田病院における診察及び治療
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四八年一二月
① 原告高橋は、昭和四八年一二月一三日、大田病院の医師の診察を受け、ラセグー症候はなし、パトリックテストの結果はマイナス、アキレス腱反射は左右同等、知覚は正常だが、膝蓋腱反射は亢進、右足の親指の背屈力の軽度の低下、両側背部筋、第七胸椎から腰椎下位まで、両側中、小臀筋の顕著な圧痛が認められた。また、同月二〇日、同医師の診察を受けた際、腰椎のレントゲン線像に異常は認められなかった。以上の結果から、同医師は、同日、病名腰背部痛で、右症により一か月の休業加療を要すると診断し、その後、昭和四九年一〇月まで、一か月に一度の割合で、右と同内容の診断をした。
② 原告高橋は、昭和四八年一二月一三日、大田病院において、「日常生活の不便、苦痛についての調査表」と題する書面に、「ふとんの上げ下ろしができない」、「階段を降りるのがつらい」、「天気の悪い日は身体の具合がよくない」、「いままでより冷房がつらい」、「本を長く続けて読む根気がない」、「他人の話を聞き漏らしたり、やることに間違いが多くなる」、「おしゃべりをしているとすぐ嫌になる」、「テレビを見ているとすぐ疲れる」、「じっと坐っているとすぐつらくなる」、「自由な時間はできるだけ横になりたい」及び「身体の具合がよくないので憂鬱である」との欄に二重丸印をつけ、その旨自覚症状を申告した。
(2) 昭和四九年一月
原告高橋は、昭和四九年一月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、右鼠径靭帯に圧痛、両側傍椎筋群第一〇胸椎から第三腰椎にかけての顕著な圧痛が認められ、同医師は、温湿布及び安静を指示した。原告高橋は、このころ、週三回、マイクロテラピー及び鍼の治療を受けた。
(3) 昭和四九年二月
原告高橋は、同年二月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、右鼠径靭帯の痛みは減少したが、腰及び左鼠径部に痛み及び肩凝りが認められ、同医師は、散歩による運動を指示した。
(4) 昭和四九年三月
原告高橋は、同年三月一四日、大田病院の医師の診察を受け、背中から腰にかけて顕著な圧痛が認められた。このころ、原告高橋は、散歩と腹筋体操を行った。
(5) 昭和四九年四月
原告高橋は、同年四月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、右手にバレー症候がプラス、右菱形筋に圧痛が認められ、その際に、近時、自発痛が減少した旨申告し、同医師は、運動訓練、水泳及びサーキットトレーニングを指示した。このころ、原告高橋は、マイクロテラピーの治療を受け、ベーラー体操を行った。
(6) 昭和四九年五月
原告高橋は、同年五月二三日、大田病院の医師の診察を受け、左第三腰椎傍椎筋群、左臀部に圧痛、アキレス腱反射及び膝蓋腱反射の亢進が認められ、その際に、一週間前ころから左下肢が痺れること、臀部から足にかけてつきんとくる感じがあることを申告した。このころ、原告高橋は、マイクロテラピー治療を受け、ベーラー体操を行った。
(7) 昭和四九年六月
原告高橋は、同年六月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、左第三腰椎傍椎筋群に顕著な圧痛、背部筋第八ないし第一〇胸椎に圧痛、両側臀筋に圧痛が認められた。このころ、原告高橋は、マイクロテラピー、週三回鍼の治療を受け、散歩やベーラー体操を行った。
(8) 昭和四九年八月
原告高橋は、同年八月一日、大田病院の医師の診察を受け、左第一〇胸椎中心の傍椎部に顕著な圧痛、両側中臀筋に顕著な圧痛が認められた。このころ、原告高橋は、マイクロテラピー、鍼、マッサージの治療を受けた。
(9) 昭和四九年九月
原告高橋は、同年九月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、その際に、九月下旬ころから腰痛はほとんどない旨申告した。このころ、原告高橋は、マイクロテラピー、週三回鍼の治療を受け、ベーラー体操、腹筋運動を行った。
(10) 昭和四九年一〇月
原告高橋は、同年一〇月中に二回、大田病院の医師の診察を受け、痛みは軽快の兆をみせ、圧痛の減少が認められ、右医師は、散歩、マラソン、体操、水泳、その他仕事に類似した行動の準備をするよう指示した。このころ、原告高橋は、マイクロテラピーの治療を受け、散歩、体操、水泳を行った。
(11) 昭和四九年一一月から昭和五〇年四月まで
① 原告高橋は、同年一一月一四日、大田病院の医師の診察を受け、初診時四七キログラムの背筋力が九七キログラムまで回復したことが認められ、同医師は、週三回、午前中、軽作業勤務による復職訓練を行うことが妥当と判断し、以後、昭和五〇年四月まで、一月に一度の割合で、右と同内容の診断をした。
② 原告高橋は、昭和四九年一二月から昭和五〇年四月まで、およそ一か月に一度の割合で、同医師の診察を受けたが、その間の主な症状は、左第三腰椎傍椎筋群及び左小臀筋に圧痛、背痛、後屈時の痛み、腰仙部痛が認められ、右医師は、水泳などによるリハビリテーションを指示した。このころ、原告高橋は、マイクロテラピー、鍼の治療を受けた。
(12) 昭和五〇年五月から同年七月まで
① 原告高橋は、昭和五〇年五月一四日、大田病院の医師の診察を受け、後屈時の痛みがなくなり、背部筋第三腰椎傍椎筋群に圧痛も認められなかったので、同医師は、病名腰背痛症により週五日の午前中勤務が妥当と診断し、以後、同年七月まで、同内容の診断をした。
② 原告高橋は、同年六月、七月に、同医師の診察を受けたが、主な症状は、後屈時の痛みと左第三腰椎傍椎筋群の圧痛が認められ、その際に、疲れやすく、疲れが残る旨申告した。このころ、原告高橋は、マイクロテラピーの治療を受けた。
(13) 昭和五〇年九月から昭和五一年三月まで
① 原告高橋は、同年九月一一日、大田病院の医師の診察を受け、後屈時の痛み及び腰と足の痛みが強いことが認められ、同医師は、原告高橋について、病名腰背痛症で週五日、午前九時から午後二時までの短縮勤務が妥当と診断し、以後、昭和五一年三月まで、およそ二か月に一度の割合で、右と同内容の診断をした。
② 原告高橋は、同年一一月から昭和五一年三月まで、およそ一か月に一回の割合で、同医師の診察を受け、主な症状は、後屈時の痛み、椎間の骨反応が認められた。このころ、原告高橋は、マイクロテラピーの治療を受けた。
(14) 昭和五一年四月から同年八月まで
① 原告高橋は、昭和五一年四月一五日、同医師の診察を受け、その際に、長時間立っているとつらくなること、背部が重苦しく、腰から両下肢がだるい旨申告し、同医師は、水泳を指示するとともに、病名腰背痛症で午前九時から午後三時までの短縮勤務が妥当と判断し、以後、同年八月まで、右と同内容の診断をした。
② 原告高橋は、同年五月から同年八月まで、およそ一か月に一回の割合で、同医師の診察を受け、その間の主な症状は、後屈時の痛み、第三腰椎傍椎筋群の両側に圧痛が認められ、同医師は、水泳を指示した。このころ、原告高橋は、マイクロテラピーの治療を受けた。
(15) 昭和五一年九月から昭和五二年六月まで
① 原告高橋は、同年九月一六日、大田病院の医師の診察を受け、その際に、九月初めに肩、腰に痛みが強かったが、現在は痛くない旨申告し、同医師は、病名腰背痛症で午前九時から午後四時までの制限勤務が妥当と判断し、以後、昭和五二年五月まで、右と同内容の診断をした。
② 原告高橋は、同年一一月から昭和五二年五月まで、一か月に一回の割合で、同医師の診察を受け、後屈時の痛み、第三腰椎傍椎筋群に圧痛が認められ、このころ、マイクロテラピーの治療を受けた。
③ 原告高橋は、昭和五二年五月一二日、同医師の診察を受け、その際に、後屈時の痛みを申告し、同医師は、病名腰背痛症で午前九時から午後五時までの短縮勤務が妥当と診断し、以後、同年六月まで、同内容の診断をした。
原告高橋は、同年五月から六月まで、同医師の診察を受け、強く後屈したときの第三腰椎傍椎筋群の痛み、上臀筋の両側に圧痛が認められ、このころ、マイクロテラピーの治療を受けた。
(16) 昭和五二年七月から昭和五五年三月まで
① 原告高橋は、同年七月二一日、大田病院の医師の診察を受け、その際に普通に勤務していても腰部の痛みはない旨申告し、同医師は、同日、病名腰痛症によりデイシフト勤務とするのが妥当と診断し、以後、昭和五三年一月まで、右と同内容の診断をした。
② 原告高橋は、昭和五二年八月以降昭和五五年三月まで、一、二か月に一回の割合で、同医師の診察を受け、その間の主な症状は、肩凝り及び時々の腰痛がみられるが通常の状態では痛みはなく、後屈時痛も昭和五四年五月ころから相当軽快し、同年八月ころからは疲れると腰に重苦しい痛みがあるものの、普通に勤務しているときは痛くないという状態となった。
この間、原告高橋は、主としてマイクロテラピーの治療を受け、マラソン、腹筋運動を行った。
(四) その後の経過
<証拠略>を総合すれば、原告高橋は、昭和五三年三月以降も、大田病院、芝病院に通院し、鍼、マッサージの治療を受けたことが認められる。
4 原告らの罹患状況について(まとめ)
以上認定の事実によれば、症状の軽重はあるとしても、原告沼田は昭和四八年一月ころから、原告野口及び原告高橋はいずれも昭和四七年六月ころから、筋々膜性腰痛に罹患していたことが認められる。
三原告らの業務内容
1 原告らの作業について
原告らが被告AGSから就労制限がなされるまでの間、航空機の機内クリーニング作業として、日勤時にはNO1ないしNO3クリーニング作業に、夜勤時にはNO4及びNO5クリーニング作業に従事したことは、原告らと被告AGSとの間では争いがなく、<証拠略>によれば右事実を認めることができる。
2 原告らが従事していた主な作業の具体的な内容について
<証拠略>によれば、NO1ないしNO5クリーニングの具体的内容については、以下の事実を認めることができる。
(一) NO1クリーニング
(1) 灰皿、座席等
主な作業内容は、灰皿を格納ケースから引き出して、灰皿内の灰、吸いがらを紙袋に空け、灰皿をケースに戻すこと、座席のリクライニングを正位置に戻すこと、シートブラシで座席をブラッシングすること、座席のシートベルトを八字形に整頓することである。
(2) 床面
主な作業内容は、客室最後部から客室最前部まで床上のごみを手で拾うこと、拾い終わったら中腰で床全体を見渡し点検すること、手で除去不可能なごみはフクバホーキを使用して部分的に除去することである。
(3) ポケット内部の不要物除去及びセッティング
主な作業内容は、便所及び調理室のごみを除去すること、座席のポケット内部と内ポケットから不要物を除去すること、エアーシックネスバック、インストラクションカード、ウエストバックで再使用可能なものをセットし直すこと、ポケット内にバック類をセットすることである。
(4) ヘッドレストカバーの取外し及び取付け
主な作業内容は、ヘッドレストカバーを接着部から剥がし、新しいものを接着部に接着することである。
(5) 毛布整頓
ハットラック上の毛布をシート上に降ろし、毛布を規定通りに折り畳んでハットラック上の所定の位置にセットすることである。
(二) NO2クリーニング
NO1クリーニングの作業に主としてシートテーブルのクリーニングが加わる。シートテーブルクリーニングの主な作業内容は、テーブル外側を空拭きすること、テーブルの止め金をはずしてテーブルの内側を空拭きすることである。
(三) NO3クリーニングについて
(1) 灰皿、座席等
灰皿、ポケット内部のセッティング、ポケット内部の不要物除去、ヘッドレストカバーの取付け及び取外し、シートテーブルについては、多少クリーニングの項目が増加するが、基本的には、NO1、NO2クリーニングの要領で行う。
(2) アームレスト
主な作業内容はアームレストの上面、左右両面を空拭きすることである。
(3) 床面
主な作業内容は、デッキブラシを客室カーペットに接着させ、前後に床面を毛ばだたせるようにこすって汚れをとること、客室、コックピット、調理室及び便所の床面をバキュームクリーナーでクリーニングするが、その要領は、中腰または膝位でバキュームクリーナーホース吸入口を床面に直角にあて前後左右に動かし、微塵を取り去ることである。
(4) 天井
主な作業内容は、座席上にのって、客室の天井を空拭きすることである。
(5) ハットラック内外面
主な作業内容は、座席上に乗って、ハットラック内面、前額及びつりアームを空拭きすること及び床面に立って、ハットラック外面を空拭きすることである。
(6) 側壁
主な作業内容は、側壁の上部、下部及び最下のスチール部分を空拭きすることである。
(7) その他、調理室、コックピット、便所、貨物室、窓などの清掃がある。
(四) NO4クリーニング
NO3クリーニングの要領に、クリーニングの項目が増加したり程度が重度になり、シートカバーやカーペットの交換を行うことである。
(五) NO5クリーニング
基本的には、NO3、NO4クリーニングの要領に、機内カーテン、全室の絨毯、座席カバー、座席ベルトの交換及び機内の水槽タンク、下水パイプ、トイレのタンクの洗浄などが加わる。
3 原告らの勤務時間について
原告らが、いずれも、腰痛症罹患により勤務時間制限がなされるまで、第一日目は午前九時から同日午後九時までの日勤、第二日目は、午後九時三〇分から翌日の午前六時三〇分の第一夜勤、第三日目は午後九時から翌日の午前九時までの第二夜勤、第四日目は夜勤明け、第五日目は公休とする五日間を一サイクルとし、そのころ一か月六回ある第一夜勤のうち一回を公休とする交替制勤務(シフト勤務)に従事していたことは、原告らと被告AGSとの間では争いがなく、<証拠略>によれば右事実を認めることができる。
4 原告らの業務従事期間と業務内容の変遷について
(一) 原告野口について
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四七年三月二三日から昭和四八年六月三〇日まで
原告野口は、右期間中、前認定の五日間一サイクルの交替制勤務に従事し、この間、前認定の機内クリーニング作業を行った。ただし、原告野口は、昭和四八年六月二二日から同月三〇日まで腰痛休暇(夜勤明け及び公休日を含む。)により休業した。
なお、<証拠略>によれば、原告野口は、昭和四八年二月二〇日、嘱託医の診断の結果、就労能力が機内クリーニング作業可能のランクからエアコンなどの作業可能のランクに低下したことにより、当時の上司から機内クリーニング作業のうちヘッドレスト交換作業を行いながら、自己の体調に合わせて内容を加重ないし軽減して作業に従事するよう指示を受けたが、次第に通常の機内クリーニング作業に従事するようになったものと認められる。
(2) 昭和四八年七月一日から同年八月一二日まで
原告野口は、右期間中、午前中は松井外科医院に通院しながら、週五日間は午前九時から午後四時三〇分まで勤務し、翌日を公休とするデイ勤務に従事し、この間、同年七月三日、四日に夏季休暇、同月七日から一一日まで腰痛休暇(公休日を含む。)により休業した。
原告野口は、デイ勤務期間中、主として、ステップ誘導作業を行った。ステップ誘導作業は、乗客の乗り降りのために航空機へ接続するステップ車を航空機へ誘導する作業である。
(3) 昭和四八年八月一三日から同年一〇月九日まで
原告野口は、昭和四八年八月一三日から同年九月四日まで、午後一時から午後九時までの勤務を三日間、その後午前八時から午後四時三〇分までの勤務を二日間続け、翌日を公休とするスウィングデイ勤務で従事した後、同月五日から同年一〇月九日まで、再び、前認定の五日間一サイクルの交替制勤務に従事し、この間、前認定の機内クリーニング作業を行った。
なお、<証拠略>によれば、当時原告野口の上司であった久保は、右期間中、原告野口に対し、機内クリーニング作業のうち、主にヘッドレスト交換作業を本人の体調に合わせて行うよう作業をせよと命じたことが認められる。しかし他方、<証拠略>によれば、一般的には作業員の中に作業軽減の指示を受けた者がいた場合でも、格別、班編成の人員が増加されるわけではないことが認められ、また後に認定のとおり、原告野口は、右作業軽減の指示を受けた後、ほどなく他の作業員と同様の機内クリーニング作業に従事し始めたが、被告AGSは原告野口に対して嘱託医による作業軽減の指示内容どおりの作業に従事させるための格別の処置を取らなかったことが認められるから、原告野口の当時の年齢等を総合考慮すれば、同原告が右のような作業軽減の指示を受けていても、同僚が通常の仕事をしているのに、自分だけ軽減された作業内容を維持するというのは立場上相当困難であったと推認され、原告野口は、右期間も同僚と同程度の機内クリーニング作業に従事していたと認めるのが相当である。
(4) 昭和四八年一〇月一〇日から昭和四九年五月三一日まで
原告野口は、右期間中腰痛治療のため休業した。
(5) 昭和四九年六月一日から同年八月三一日まで
原告野口は、右期間中、午前九時から午後零時までの勤務を週五日間続け、翌二日間を公休とするデイオンリー勤務(ただし、同年八月一日から午後一時までの勤務)に従事し、この間、車両チェック、人員輸送、控室掃除や電話番などを行った。
(6) 昭和四九年九月一日以降
原告野口は、昭和四九年九月一日から昭和五〇年二月二八日まで、午前九時から午後三時までの勤務を五日間続け翌二日間を公休とするデイオンリー勤務に、同年三月一日から昭和五五年一月三一日まで、午前九時から午後五時までの勤務を三日間続け翌日を公休とするデイシフト勤務に、同年二月一日から昭和六二年一〇月一日まで、午前八時から午後四時三〇分までの勤務を二日間、午前一〇時から午後六時三〇分までの勤務を二日間続け翌日を公休とするデイシフト勤務に、同月二日以降、午前八時から午後四時三〇分までの勤務を四日間続け翌二日間を公休とするデイシフト勤務にそれぞれ従事し、この間、主として、出発便のステップの取外し作業を行った。
(二) 原告沼田について
<証拠略>を総合すれば以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四七年四月一七日から昭和四八年二月一八日ころまで
原告沼田は、昭和四七年四月一七日から昭和四八年二月六日まで、前認定の五日間一サイクルの交替制勤務に従事し、その間、前認定の機内クリーニング作業を行い、同月七日からデイ勤務となったが、同月一八日ころまで機内クリーニング作業を行った。
なお、<証拠略>によれば、原告沼田が嘱託医からスイング勤務可能のランクへ勤務能力が低下した旨の診断を受けた昭和四八年一月二七日、並びにデイ勤務可能のランクまたその他の軽作業可能のランクへ勤務能力及び就労能力が低下した旨の診断を受けた昭和四八年二月六日に、原告沼田の当時の上司は、原告沼田に対し、機内クリーニング作業のうち、主にヘッドレスト交換作業を本人の体調に合わせて行うよう命じたことが認められる。しかし、前認定のとおり、作業員の中に作業軽減の指示を受けた者がいた場合でも、格別、班編成の人員が増加されるわけではないことに加え、<証拠略>によれば、原告沼田は、昭和四八年二月二〇日に嘱託医の診断を受けた際、嘱託医に対し、その前二週間は、普通に客室作業に従事していた旨申告したことが認められ、当時、原告沼田が、その従事していた作業内容についてことさら嘱託医に虚偽の事実を申告するような事情も窺われないこと、<証拠略>によれば、原告沼田は、昭和四八年二月七日以降も少なくとも同月一八日までは、クリーニング作業に従事する者の班に編成されており、その後同月二二日以降、デスクや車両チェックなどに従事する者の班に編成されたことが認められるから、当時の原告沼田の年齢などを総合考慮すれば、右のような作業軽減の指示を受けていても、同僚が通常の仕事をしているのに、自分だけ軽減された作業内容を維持するというのは立場上相当困難であったと推認され、原告沼田は、右期間中も同僚と同程度の機内クリーニング作業に従事していたと認めるのが相当である。
(2) 昭和四八年二月一九日ころから昭和四九年一月一七日まで
原告沼田は、昭和四八年二月七日から午前九時から午後四時三〇分までの勤務を五日間続け翌日を公休とするデイ勤務に従事し、その間、昭和四八年一一月一七日から同月二四日まで、腰痛休暇(公休日を含む。)により休業したが、デイ勤務期間中の昭和四八年二月二三日ころ以降、主として、ステップ誘導作業、車両チェック、人員輸送などの作業を行った。
(3) 昭和四九年一月一八日から同年三月一九日まで
原告沼田は、右期間中、腰痛治療のため休業した。
(4) 昭和四九年三月二〇日から同年五月一六日まで
原告沼田は、右期間中、午前九時から午後零時までの勤務を五日間続け翌日を公休とするデイオンリー勤務(ただし、同年四月一九日からは午後一時までの勤務)に従事し、この間、車両チェック、人員輸送、控室掃除及び電話番及びステップ誘導作業を行った。
(5) 昭和四九年五月一七日から昭和五〇年七月二八日まで
原告沼田は、昭和四九年五月一七日から同年六月二〇日まで、午前九時から午後三時までの勤務を五日間続け翌日を公休とするデイオンリー勤務に、同月二一日から昭和五〇年七月二八日まで、午前九時から午後六時三〇分までの勤務を五日続け翌日を公休とし、あるいは午前九時から午後五時までの勤務を三日間続け翌日を公休とするデイシフト勤務に従事し、この間、出発便のステップ取外し作業を行った。
(6) 昭和五〇年七月二九日から昭和五四年七月一二日まで
原告沼田は、昭和五〇年七月二九日から同年一〇月一一日まで、午前九時から午後五時までの勤務を三日間続け翌日を公休とし、午後一二時三〇分から午後八時三〇分までの勤務を三日間続け翌日を公休とするスイングデイ勤務に、同年一一月七日から昭和五二年一〇月二七日まで及び同年一一月二九日から昭和五三年二月九日まで、午前九時から午後五時までの勤務を三日間続け翌日を公休とするデイシフト勤務に、同月二一日から同年一一月一日まで、前記スイングデイ勤務に、同月二日から昭和五四年七月一二日まで、午前八時から午後四時三〇分までの勤務を二日間続け、午前一〇時から午後六時三〇分までの勤務を二日間続け翌日を公休とするデイシフト勤務にそれぞれ従事し、この間、昭和五〇年一〇月一二日から同年一一月六日まで作業中頭部打撲のため公休、昭和五二年一〇月二八日から同年一一月二八日まで腰痛休暇、昭和五三年二月一〇日から同月二〇日まで流感兼肝炎の疑いによる病欠により休業した。
この間、原告沼田は主として前認定の機内クリーニング作業に従事した。
(7) 昭和五四年七月一三日以降
原告沼田は、昭和五四年七月以降、主として糖尿病及び肝機能障害による病欠と、最も早くて午前八時から、最も遅くて午後六時三〇分までの勤務時間の日勤に従事することを繰り返した。この間、原告沼田は主として出発便のステップ取外し作業に従事した。
(三) 原告高橋について
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和四七年四月一六日から昭和四八年四月一日まで
原告高橋は、右期間中、前認定の五日間で一サイクルの交替制勤務に従事し、その間、前認定の機内クリーニング作業を行った。
なお、<証拠略>によれば、原告高橋は、昭和四七年一一月一四日、嘱託医の診察の結果、就労能力が機内クリーニング作業可能のランクからエアコンなどの作業可能のランクへ低下したことにより、当時の上司から機内クリーニング作業のうちヘッドレスト交換作業を行いながら、自己の体調に合わせて作業内容を加重ないし軽減して作業に従事するよう指示を受けたが、次第に通常の機内クリーニング作業に従事するようになったものと認められる。
(2) 昭和四八年四月二日から同年一〇月一九日まで
原告高橋は、右期間中、午前九時から午後四時三〇分までの勤務を五日間続け翌日を公休とするデイシフト勤務に従事し、その間、ステップ誘導作業、車両チェック、人員輸送作業などを行った。
(3) 昭和四八年一〇月二〇日から昭和四九年一一月一七日まで
原告高橋は、右期間中、昭和四七年一〇月に二回、昭和四八年一二月に二回出勤したほか、腰痛のため休業した。
(4) 昭和四九年一一月一八日から昭和五一年四月一九日まで
原告高橋は、昭和四九年一一月一八日から昭和五〇年五月一八日まで、午前九時から午後零時まで週三日の隔日勤務によるデイオンリー勤務に、同月一九日から昭和五一年四月一九日まで、午前九時から午後零時まで、ただし昭和五〇年九月一二日からは、午後二時までの勤務を五日間続け翌二日間を公休とするデイオンリー勤務に従事し、その間、車両チェック、人員輸送、控室掃除、電話番などを行った。
(5) 昭和五一年四月二〇日から昭和六二年九月三〇日まで
原告高橋は、昭和五一年四月二〇日から昭和五二年七月三一日まで、午前九時から午後三時まで、ただし、昭和五一年九月二〇日からは、午後四時まで、昭和五二年五月一三日からは、午後五時までの勤務を五日間続け翌二日間を公休とするデイオンリー勤務に、昭和五二年八月一日から昭和五五年四月三〇日まで、午前九時から午後五時までの勤務を三日間続け翌日を公休とするデイシフト勤務に、同年五月一日から昭和六二年九月三〇日まで、午前八時から午後四時三〇分までの勤務を二日間、午前一〇時から午後六時三〇分までの勤務を二日間続け翌二日間を公休とするデイシフト勤務に従事し、この間、出発便のステップ取外し作業を行った。
四原告らの作業姿勢及び作業環境
1 原告らの作業姿勢について
(一) 座席間の間隔など
<証拠略>によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) ボーイング747SR機
ボーイング747SR機の床面からアームレストまでの高さは、六〇ないし六二センチメートル、座席間の間隔は三一ないし三五センチメートル、床面からシートテーブルの止め金をはずした状態までの高さは、六四ないし六五センチメートル、床面から座席の最上部までの高さは、一〇四ないし一〇五センチメートル、通路幅は四九ないし五二センチメートルである。
(2) DC〜8〜61機
ボーイングDC〜8〜61機の床面からアームレストまでの高さは、五九ないし六〇センチメートル、座席間の間隔は三五ないし三六センチメートル、床面からシートテーブルの止め金をはずした状態までの高さは、六五ないし六六センチメートル、床面から座席の最上部までの高さは、一〇七ないし一〇八センチメートル、通路幅は四五ないし四六センチメートル、床面から座席までの高さが約三〇センチメートル、床面からハットラックまでの高さが約一六五センチメートルである。
(二) 原告らの身長
<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、原告野口の身長は、約一六〇センチメートル、原告沼田の身長は、169.5センチメートル、原告高橋の身長は、約一七〇センチメートルであることが認められる。
(三) 作業時の姿勢について
<証拠略>及び前記(一)、(二)で認定の事実を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 灰皿クリーニング作業時の姿勢
床面から灰皿の取り付けられたアームレストまでの高さ及び床面から座席までの高さと原告らの身長等を勘案すれば、作業員は、灰皿クリーニング作業を前傾中腰姿勢及び腰を捻った状態で行っていた。なお、<証拠略>によれば、被告AGSは、客室作業工程基準として灰皿クリーニング作業時の姿勢を、一座席毎に座席前の位置に正対して作業するよう指示していることが認められるが、このような作業姿勢を取ったとしても、前傾中腰姿勢を取らなければならないことに変わりはないものと認められる。
そして、<証拠略>によれば、作業員は一人につき、YS〜11機一機分のNO1クリーニングで約六分間、ボーイング727機一機分のNO2クリーニングで約八分間ないし一〇分間、同機一機分のNO3クリーニングで約二〇分間、YS〜11機一機分のNO3クリーニングで約一五分間、DC〜8〜61機一機分のNO3クリーニングで約一五分ないし一六分間、灰皿クリーニング作業において、前傾中腰姿勢を継続することが認められる。
(2) ポケットセット作業時の姿勢
作業員は、ポケットセット作業を基本的には前傾中腰姿勢で行っていた。もっとも、<証拠略>によれば、被告AGSは、客室作業工程基準として、ポケットセット作業時の姿勢を、座席毎に座席に腰掛けて行うことあるいは三席ある中央の座席に腰掛けて三席分の作業を行うよう指示していることが認められ、検証の結果によっても、座席には腰掛けてはいないものの、アームレストの上に腰掛けるようにして中腰姿勢をさけて作業している者がいることも認められることからすると、ポケットセット作業は、必ずしも中腰姿勢が強制される作業ではないと推認される。しかしその場合においても、中央の座席に腰掛けて左右の座席のポケットセット作業を行うときには、腰を捻って作業をすることになる。
(3) ヘッドレストの取外し及び取付け作業時の姿勢
床面から座席の最上部までの高さ、原告らの身長等を勘案すれば、ヘッドレスト取外し取付け作業においては、中腰姿勢にはならない。
(4) テーブルクリーニング作業時の姿勢
床面からテーブルまでの高さ、原告らの身長等を勘案すれば、作業員は、テーブルクリーニング作業を、灰皿作業時の中腰よりはその度合いが軽度であるが、やや前傾したかるい中腰姿勢で行っていた。なお、<証拠略>によれば、被告AGSは、客室作業工程基準として、テーブルクリーニング作業時の姿勢を、窓に向かって正対し、窓側から通路側へ後退するような形で作業するように指示していることが認められるが、このような作業姿勢を取った場合でも、やや前傾のかるい中腰姿勢を取らなければならないことに変わりはないものと認められる。
そして、<証拠略>によれば、作業員は一人につき、ボーイング727機一機分のNO2クリーニングで約八分間、同機一機分のNO3クリーニングで約一〇分ないし一五分間、YS〜11機一機分のNO3クリーニングで約一〇分間、DC〜8〜61機一機分のNO3クリーニングで約二五分間、テーブルクリーニング作業において、やや前傾のかるい中腰姿勢を継続することが認められる。
(5) アームレストクリーニング作業時の姿勢
原告らの身長等を勘案すれば、作業員は、アームレストクリーニング作業を前傾中腰姿勢で行っていた。
そして、<証拠略>によれば、作業員は一人につき、ボーイング727機一機分のNO3クリーニングで約六分ないし一〇分間、YS〜11機一機分のNO3クリーニングで約一〇分ないし一五分間、DC〜8〜61機一機分のNO3クリーニングで約一五分間、アームレストクリーニング作業において、前傾中腰姿勢を継続することが認められる。
(6) 床面クリーニング作業時の姿勢
<証拠略>及び原告らの身長等を勘案すれば、作業員は、床クリーニング作業を前傾中腰姿勢で行っていた。ただし、<証拠略>によれば、被告AGSの客室作業工程基準においては、NO1及びNO2クリーニングにおける床クリーニングは、手で除去することのできないごみをフクバホーキを使用して部分的に除去するよう指示されていることが認められ、NO1及びNO2クリーニングにおける床クリーニングにおいては、前傾中腰姿勢が長時間に及ぶものとは認められない。
しかし、<証拠略>によれば、バキュームクリーナの出し入れにかかる時間として五分ないし六分を控除して、作業員は一人につき、ボーイング727機一機分のNO3クリーニングで約一五分から二五分間、YS〜11機一機分のNO3クリーニングで約二〇分間、DC〜8〜61機一機分のNO3クリーニングで約一〇分から二〇分間、床のバキュームクリーニング作業において、前傾中腰姿勢を継続することが認められる。
(7) ハットラッククリーニング作業時の姿勢
床面からハットラックまでの高さ、原告らの身長等を勘案すれば、作業員は、ハットラック作業をやや前傾及び後傾、側傾の姿勢を混合して行っていた。
そして、<証拠略>によれば、作業員は一人につき、YS〜11機一機分のNO3クリーニングで約一五分間、DC〜8〜61機一機分のNO3クリーニングで約二〇分間、ハットラッククリーニング作業において、前傾、後傾、側傾の混合した姿勢を継続することが認められる。
(8) 天井クリーニング作業時の姿勢について
原告らの身長等を勘案すれば、作業員は、天井クリーニング作業をやや後傾で腕を挙げた姿勢で行っていた。
そして、<証拠略>によれば、作業員は一人につき、ボーイング727機一機分のNO3クリーニングで約七分ないし一〇分間、YS〜11機一機分のNO3クリーニングで約一〇分間、やや後傾で腕を挙げた姿勢を継続することが認められる。
(9) 窓下の側壁クリーニング作業時の姿勢
作業員は、窓下の側壁の作業を床に膝をついてしゃがみ、腕を前に出した姿勢で行っていたことが認められる。
2 作業環境について
<証拠略>によれば、夏のナイト帯では原告らの作業場所である航空機客室内は、外気温よりかなり高温となること、冬のナイト帯における航空機客室内の温源は照明用のライトのみであること、折返し便の航空機客室内は冷暖房がされていること、夏期におけるタイムチェック作業時には、航空機客室内にダクトにより冷気を流入させていることが認められる。
五原告らの業務量
<証拠略>によれば、昭和四六年四月から昭和五〇年三月までの、非戦力者すなわち作業制限を受けている者を除いた客室第一課所属の職員数、協力会社などから派遣された人数、臨時職員数、作業制限を受けている者を除いた作業従事者の総数、作業制限を受けている者の人数、客室第一課の主管作業の直接工数及び応援工数の合計数から受援工数を引いた月間直接工数(以下「月間直接工数1」という。)、客室第一課の職員による月間直接工数(以下「月間直接工数2」という。)、月間直接工数1を作業制限を受けている者を除いた作業従事者の総数で除した月間平均直接工数(以下「平均直接工数1」という。)、月間直接工数2を作業制限を受けている者を除いた職員数で除した月間平均直接工数(以下「平均直接工数2」という。)、職員の直接工数を職員の出勤工数及び増務工数の合計数で除した稼働率(以下「稼働率1」という。)、職員の直接工数、間接工数及び教育工数の合計数を職員の出勤工数及び増務工数の合計数で除した稼働率(以下「稼働率2」という。)は、別表1の1ないし3のとおりであることが認められる。そして、<証拠略>によれば、工数とは、マン・アワー、すなわち、一工数は一人の作業員が一時間で実現する作業量を意味していること、直接工数とは、客室第一課における、勤務時間及び勤務時間外になされた主管作業(クリーニング、ステップハンドリングその他の作業)の工数を意味していること、出勤工数とは、就業規則で定められた所定の勤務時間から所定の休憩時間を差し引いた実働時間の工数を意味していること、増務工数とは、時間外勤務時間及び休日勤務時間の工数を意味していること、教育工数とは、安全教育などが行われる場合の工数を意味していること、社内工数あるいは間接工数とは、車両チェック、デスクワークなどの作業の工数を意味していることが認められる。
また、平均直接工数1と平均直接工数2の月別の推移の状況を折れ線グラフに示したのが別表2であり、稼働率1と稼働率2の月別の推移の状況を折れ線グラフに示したのが別表3であり、月間直接工数1と月間直接工数2の月別の推移の状況を折れ線グラフに示したのが別表4である。
六原告らの被告AGS入社前及び勤務時間外の生活内容
1 原告らの入社前の生活内容について
(一) 原告野口
<証拠略>によれば、原告野口は、中学校時代に卓球をしていたこと、被告AGSに就職する以前の二年八か月間、航空自衛隊においてボイラー係の仕事をしており、その作業内容は、毎年一一月から三月まではボイラーの釜たき作業で、四月から一〇月まではボイラーの保守作業であったこと、作業姿勢については、灰及び石炭を二輪車へ積み込む際及び石炭を送炭器に注ぎ込む際に、中腰で腰を捻ること、仕事量については、石炭の搬入及び灰の搬出は、一時間に二輪車一台分で、石炭の送炭器への投入は、一〇分間に一回位であること、原告野口は、右作業に従事した期間中、一度腰部が重苦しく感じたが、二日間程度で自然に治癒したことがあったことが認められる。
(二) 原告沼田
<証拠略>によれば、原告沼田は、被告AGSに就職するまで、野球、テニス、サッカーなどのスポーツを行ってきたこと、その間、腰痛症にかかったことはないことが認められる。
なお、<証拠略>によれば、原告沼田は、昭和五三年以降、肝機能障害、糖尿病に罹患したことが認められる。
(三) 原告高橋
<証拠略>によれば、原告高橋は、高等学校在学中、自宅から学校までの片道約二二ないし二三キロメートルを自転車通学をしていたこと、また、実家が椎茸栽培を行っていたため、平日は帰校後、日曜は主として午前中に、重いもので二〇ないし三〇キログラムある椎茸栽培用の原木を持ち上げて運搬するなどの手伝いをしていたこと、この間、腰痛症にかかったことはないことが認められる。
2 原告らの勤務時間外の生活内容について
(一) 原告らの組合加入時期
<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、原告野口及び原告沼田は昭和四七年一一月に、原告高橋は昭和四八年三月にAGS労働組合に加入したことが認められる。
被告AGSは、原告らは、AGS労働組合の方針に基づいて、昭和四七年一一月及び昭和四八年三月に被告AGSに対しチェックオフ通知を行い、いわゆる組合員を公然化したのであり、それ以前から原告らは組合に加入していた旨主張し、<証拠略>中には、当時執行委員等の組合役員をしていた五十嵐駿二が、組合の方針でそれまで非公然で組織していた組合員を公然化し、組合員の公然化に伴い新入組合員も増加したことにより、昭和四七年後半から組合員が増加したと述べている部分があるが、右証拠によっても、原告らが右日時以前から非公然の組合員であったとまでは認めるには足らず、前認定を左右するに足りない。
(二) 原告らの残留時間
(1) 原告野口
<証拠略>によれば、原告野口は、昭和四七年四月から昭和四八年六月までの間は、勤務時間終了後も一時間を越えて退勤せず社内に残留していたことが数回あったほか、概ね勤務時間終了後長くても三〇分ないし四〇分以内に退勤していたこと、ところが、昭和四八年七月以降昭和五〇年二月までの間は、昭和四八年七月に三回、昭和四九年六月に四回、同年七月に九回、同年八月に三回、同年九月に四回、同年一〇月に一一回、同年一一月に六回、同年一二月に七回、昭和五〇年一月に八回、同年二月に九回、同年三月に二回、同年四月に五回、したがって月平均約六回、勤務終了後概ね一時間三〇分から二時間三〇分の間、退勤しないで社内に残留していたことが認められる。
(2) 原告沼田
<証拠略>によれば、原告沼田は、昭和四七年四月から昭和四八年五月までは、一時間から二時間、勤務時間終了後も退勤せず社内に残留していたことが月に一ないし二回程度あったほかは、勤務時間終了後長くても概ね三〇分ないし四〇分以内に退勤していたこと、ところが、昭和四八年六月以降昭和五〇年四月までの間は、昭和四八年六月に四回、同年七月に四回、同年九月に四回、同年一〇月に五回、同年一一月に七回、同年一二月に四回、昭和四九年一月に一回、同年三月に四回、同年四月に一〇回、同年五月に一三回、同年六月に一一回、同年七月に六回、同年九月に二回、同年一〇月に六回、同年一一月に五回、同年一二月に四回、昭和五〇年一月に二回、同年二月に四回、同年三月に二回、同年四月に四回、したがって月平均約五回、勤務終了後概ね一時間三〇分から二時間三〇分の間、退勤しないで社内に残留していたことが認められる。
(3) 原告高橋
<証拠略>によれば、原告高橋は、昭和四七年四月から昭和四八年三月までの間、月平均一ないし二回、概ね一時間から一時間三〇分間、勤務時間終了後も退勤しないで社内に残留していたことがあったほかは、勤務時間終了後長くても概ね三〇分ないし四〇分以内に退勤していたこと、昭和四八年四月から昭和五〇年四月までの間については、昭和四八年四月に二回、同年五月に二回、同年六月に一回、同年九月に一回、同年一〇月に一回、勤務終了後およそ二時間三〇分の間、退勤しないで社内に残留したが、それ以外については勤務時間終了後長くても概ね三〇分ないし四〇分以内に退勤していたことが認められる。
(三) 原告らの残留時間中の活動内容
原告野口及び原告沼田の残留時間中の行動については、<証拠略>によれば、右両名が長時間残留していた日の多くは組合の行事が行われていたこと、また、前認定のとおり、原告野口は、昭和四九年七月及び昭和四九年一〇月から昭和五〇年二月にかけて、原告沼田は、昭和四八年一〇月から一二月にかけて、昭和四九年四月から七月にかけて及び同年の一〇月から一二月にかけて、それぞれ、他の月より残留回数が増えていることが認められるが、<証拠略>によれば、右時期には、春闘、夏季闘、年末闘争などのAGS労働組合の活動期間とほぼ合致していることが認められること、また、右両名は、長時間残留の理由として、食堂や組合事務所で友達と食事をしたり話をしていたのであり、団体交渉その他の組合活動には従事していないと主張するが、月平均五ないし六回、各回につき少なくとも一時間三〇分、多いときは三時間以上も友人と食事をしたり話をしたりしていたということ自体、それほど合理性があるともいえないことなどからすれば、この長時間残留時間中になんらかの組合の行事に参加していたことが推認される。
しかし、一方で、<証拠略>によれば、昭和五〇年八月に原告野口がAGS労働組合の中央委員に、原告高橋が代議員に、それぞれ選出されたこと、中央執行委員会に出席するのは、正副委員長、書記長、中央執行委員らであり、また、中央委員会に出席するのは、中央委員らであることが認められることからすれば、右両名は、少なくとも、組合の一組合員にすぎなかった昭和五〇年八月までは、中央委員会及び中央執行委員会に出席していたものとは認め難い。
以上より、原告野口及び原告沼田は、長時間残留中、中央委員会及び中央執行委員会への出席を除く、何らかの組合活動を行っていたことが認められる。
(四) 原告らの勤務時間及び残留時間外の行動
(1) 原告野口
原告野口が、昭和四八年一月から五月までの間、月に一ないし二回、昭和四九年二月から昭和五〇年四月までの間、少ないときで月二ないし三回、多いときで月八ないし九回(月平均三、四回)、勤務時間外ないし休業中に組合活動に参加していたことは、弁論の全趣旨(原告らと被告AGSとの間では争いがない。)によりこれを認めることができる。また、<証拠略>によれば、原告野口は、少なくとも、昭和五〇年六月から昭和五二年一二月までの間、ほぼ毎月一ないし二回、最も多いときで月五回、昭和五三年一月から同年三月までの間、ほぼ月一回の割合で、勤務時間外に組合活動の一環としてビラ配付等の活動をしていたことが認められる。
(2) 原告沼田
原告沼田が、昭和四八年一月から同年一二月までの間、一回もなかった月もあるが、多いときで月三回(平均して月一ないし二回)、昭和四九年一月から同年一二月までの間、少ないときで月一回、多いときで月五回、昭和五〇年一月から同年四月までの間、少ないときで月一回、多いときで月七回(平均して月三ないし四回)、勤務時間外ないし休業中に組合活動に参加していたことは、弁論の全趣旨(原告らと被告AGSとの間では争いがない。)によりこれを認めることができる。また、<証拠略>によれば、原告沼田は、少なくとも、昭和五〇年五月から昭和五一年一二月の間、半年に一ないし二回、昭和五二年一月から同年五月にかけて一ないし二か月に一ないし二回(ただし、同年四月は月六回)の割合で、勤務時間外に組合活動の一環としてビラ配付等の活動をしていたことが認められる。
(3) 原告高橋
原告高橋が、昭和四八年一月から同年一二月までの間、ほぼ半年に一回、昭和四九年一月から昭和五〇年四月までの間、ほぼ月に一ないし二回の割合で、勤務時間外に組合活動に参加していたことは、弁論の全趣旨(原告らと被告AGSとの間では争いがない。)により、これを認めることができる。また、<証拠略>によれば、原告高橋は、少なくとも、昭和五二年九月に一回、勤務時間外に組合活動の一環としてビラ配付等の活動をしていたことが認められる。
(4) 以上の事実が認められるところ、被告AGSは、原告らは、AGS労働組合の活動に参加することで休息時間を短縮させたと主張し、AGS労働組合の活動状況についての主張をする。しかし、原告らが被告AGSに入社した昭和四七年以前のAGS労働組合自体の活動状況如何は、直接には原告らの組合活動参加による休息時間の短縮の有無に関係するものではありえない。また、同年以降の組合自体の活動の状況如何についても、たとえ、その活動状況が被告AGS主張のとおりであったとしても、その事実から、一般組合員であった原告らがAGS労働組合が主催した行事のうちのどの行事に参加したのか、特定の行事あるいは特定の行事のための準備活動に参加したとしても、勤務時間内あるいは勤務時間外のうちどの位の時間を組合活動のために費やしたのかといった原告らの活動の具体的態様如何に関する事実を推認するには足りず、また本件において右事実を立証する的確な証拠はない。なお、原告野口がAGS労働組合の中央委員に、原告高橋が代議員に選出されたことで、各関係の委員会出席など参加行事が増加したこと、それに伴って、勤務時間外の休息時間が減少したことは推認されるが、AGS労働組合自体の活動状況によって、右両名が勤務時間外にどの程度に組合活動に参加して休憩時間をどのくらい減少させたかなどの事実を推認することができず、これに関する的確な証拠がないということは、原告らがAGS組合の一般組合員であったときと同様である。
したがって、前記認定の事実以上に、原告らが勤務時間内あるいは勤務時間外の組合活動に参加した事実は、全証拠によってもこれを認めるに足りないというべきである。
七原告らの腰痛症に対する調査及び認定について
1 原告らの腰痛症に対する労災認定
<証拠略>によれば、大田労働基準監督署長が、原告らの腰痛症に対して、原告野口及び原告沼田については昭和四九年四月一五日に、原告高橋については同月一〇日に、それぞれ、労災認定をしたことが認められる。
また、<証拠略>によれば、大田労働基準監督署長は、認定の理由として、シフトの組み方、長時間の夜勤、休憩時間が実際上取れない点に問題があること、作業場所が狭く、中腰姿勢で作業を行うこと、休憩場所が狭いこと、シフトを外れると賃金が低くなるので身体に無理をしても作業に従事していたことをあげたことが認められ、<証拠略>によれば、大田労働基準監督署は、右認定の前提として、被告AGSに立ち入り調査を行い、被告AGSから参考資料の提出を受けていたことが認められる。
2 被告AGSの腰痛症に対する調査
(一) 嘱託医川村医師の健康調査結果に対する報告
<証拠略>によれば、被告AGSは、昭和三八年に被告AGS職員の健康調査を行い、当時の嘱託医川村医師は右健康調査結果の中間報告として次のように判断したことが認められる。
腰痛、関節痛等の種々の神経痛様の疼痛を訴える者は、調査対象者四四六名中のべ三六四名であり、診察所の診察内容からみて極めて高率である。以上のうち、東京在勤者については、昭和三八年一二月の健康診断時に問診を行い何らかの検査を必要と認めた者は、三四八名中九五名で約二七%であり、自覚症状あるいは簡単な振分けをした数値からみても極めて高率である。さらに、作業内容を国際班、搭載班、国内一般、事務系、その他の作業に分類して、一人あたりの自覚症状の数を比較した結果、運動器すなわち、骨、関節、神経系の異常については明らかに作業頻度に関連するものと考えられる。そして、作業内容を仮に国際班と搭載班を重作業、その他を中作業、事務を軽作業とすると、この三者の間に極めて密接な相関性を認めることができるとし、原因別調査によると、総数一八九名中不明の六三人を除いた一二六名のうち、直接作業に関連して発症したと訴えている者は、重量物運搬につき四〇名、無理な作業姿勢につき一三名、過労につき二一名、作業中につき七名の計八一名で、原因の明らかのもののうち約六〇%を占め、作業との関連性を示すものといえると判断した。
(二) 日本航空健康保険組合事務局による被告AGSの実態調査結果
<証拠略>によれば、昭和四〇年ころ、被告AGSは、日本航空健康保険組合に、当時腰痛患者の多発傾向等について調査を依頼した結果、同保険組合は以下のような健康調査や労働実態調査の調査結果をまとめたことが認められる。
被告AGSの職員について、昭和四〇年一月までに腰痛、神経痛を主訴として受診した者は六八名であり、その病名の内訳は、腰筋痛症が三三名、椎間板ヘルニアが二二名、脊椎分離症が九名で、右三者で大部分を占め、腰痛の主因が右三疾患によるものであることが認められる。そして、右疾病の原因は、多少の先天的素因、あるいは極めてわずかの負荷により生じうる場合もあるが、重量物の運搬、限られた室内における作業姿勢の異常、その他の要因による腰部への過負荷、あるいは筋肉疲労等が無視しえないものと思われ、このことは、疾病の個々を論ずるよりも、発病数という点から裏づけられる。被告AGSの全職員六二七名のうち六八名の腰痛者を認めたことは、右保険組合が一〇年余にわたり日本航空整備部職員に対する治療に関与した経験から、相当に高率であると判断できるというものである。
(三) 被告AGS嘱託医大畠医師の認識
<証拠略>によれば、昭和四四年当時、嘱託医として被告AGSの腰痛患者の診察を行っていた大畠医師は、被告AGS職員の腰痛の発生と業務との因果関係について、その存在を否定できないという認識を有していたことが認められる。
(四) 以上の事実が認められるところ、被告AGSは、これらの調査結果等は、いずれも被用者の勤務時間外の生活内容を考慮していないものであるので、業務と腰痛との間の因果関係の存在を窺わせるものではないと主張する。しかし、腰痛は、一般的に通常の日常生活を送っていても罹患する場合があることからすれば、右調査等を担当した医師らが、被用者の勤務外の日常生活如何を全く捨象して考察をしたとは考えられないし、また、被告AGSの被用者が行う作業内容など自体が、およそ現に発生していた腰痛との間の相関関係の存在を肯定しえないような性質あるいは態様のものであったなら、当然にその旨の調査報告をしたはずである。したがって、被告AGSの業務内容、勤務態様などの作業環境を熟知していた医師らが、昭和三八年以来数度にわたり、業務と腰痛との間の相関関係の存在を認める方向を内容とする報告をしていたということは、その因果関係の存在を窺わせる重要な要素として考慮すべきである。
なお、<証拠略>によれば、昭和四四年四月から昭和四九年一二月までの間、被告AGS作成の腰痛者名簿に登載された客室第一課に所属していた者の延べ人数、昭和四六年四月から昭和四九年一一月までの右客室第一課職員の在籍人数及び右名簿登載者数の右在籍人数に占める割合は別表5のとおりであることが認められる。
八原告らの腰痛症と業務との因果関係
1 業務起因性の意義について
まず、疾病が業務に起因するというためには、原告らの従事した業務内容、業務従事期間、疾病の発生、症状の推移と業務内容との相関関係、作業環境、作業量、原告らに疾病を発生させる他の原因の有無などを総合的に判断し、当該疾病の発生が医学的常識に照らして業務に起因して生じたものと判断することができれば足り、その場合、業務が疾病の唯一の原因であることを必要とするものではなく、他に競合する原因があっても、業務が相対的に有力な原因であれば足りるものと解するのが相当である。
これに対し、原告らは、原告らの疾病と業務との間の因果関係についても疫学的意味での因果関係が存すれば足りると主張する。しかし、いわゆる公害事件において、何らかの原因行為と生じた結果との間に疫学的な因果関係の存在をもって足りるとされるのは、それらの事件では、主として、企業活動に伴って発生する大気汚染、水質汚濁などによる被害が、空間的に広範囲に、時間的にも長期間にわたり、しかも不特定多数の者に対して及ぶことから、右のような大気汚染、水質汚濁などの加害行為と発生した被害との間の因果関係の解明が臨床医学や病理学の側面からの検討によっては充分になしえず、通常の程度、内容の立証を求めるとすると、被害者に過重な立証責任を負わせることになるという特殊性を前提としているからであるが、本件のような原告らの腰痛症と被告AGSの業務との因果関係の問題については、右のような特殊性が存在する場合とは到底認められない。したがって、原告らの右主張は採用しない。
以下、業務起因性についての前示の観点から原告らの腰痛症と業務との因果関係の有無について検討する。
2 原告らの従事した業務内容について
(一) 原告らの従事した機内クリーニング作業における作業時の姿勢については、前認定のとおり、灰皿クリーニング、テーブルクリーニング、アームレストクリーニング、床面クリーニングの各作業時には、概ね前傾中腰姿勢を、特に、灰皿クリーニング作業時には、中腰姿勢に腰の捻りが加わる姿勢を、また、ハットラッククリーニング作業時には、前傾、後傾及び側傾を混合した姿勢を、天井クリーニング作業時には、やや後傾で腕を挙げた姿勢を、窓下の側壁クリーニング時には、床に膝をついてしゃがみ腕を前に出す姿勢を、相当の時間、継続、反復して作業を行う必要があったことが認められる。そして、証人大月篤夫の証言によれば、中腰姿勢時には、背骨の両側の筋肉すなわち固有背筋群あるいは臀筋に負担がかかること、また、後傾姿勢時にも固有背筋群に負担がかかること、しゃがんだ姿勢では固有背筋群に負担はなく、しゃがんだ姿勢のまま動く場合に固有背筋群への負担がかかることが認められる。
以上認定の事実によれば、窓下の側壁クリーニング作業は、しゃがんだ姿勢のまま動くことを要する作業とは認め難いので、右作業を除いた他の作業姿勢は固有背筋群や臀筋に負担がかかり腰痛原因になりうる姿勢といえる。
(二) 次に、原告らの機内クリーニング作業従事期間中の勤務時間は、前認定のとおり、第一日目が一二時間の日勤、第二日目が九時間の夜勤、第三日目が一二時間の夜勤で、第四日目が夜勤明け、第五日目が公休という五日間サイクルの交替制勤務で、第一日目と第二日目の勤務の間隔は二四時間三〇分、第二日目と第三日目の勤務の間隔は一四時間三〇分である。また、夜勤時に、仮眠時間が設けられていないことは原告らと被告AGSとの間では争いがなく、<証拠略>によれば右事実を認めることができ、また、<証拠略>によれば、作業員の控室には四、五人かけの長椅子が六、七個あるのに対し、夜勤時の人員は三四人ないし三六人であり、椅子にすわれない作業員はあるいは床にマットを敷いて坐ったり、車に乗って休息をとるなどするほか、椅子や壁によりかかって休憩ないし睡眠をとるという状況であったことが認められる。
ところで、<証拠略>によれば、深夜交替制勤務が健康に及ぼす影響について以下の事実が認められる。
夜勤交替勤務の従事者には、日常的に諸生理機能の乱れが反復される。すなわち、人間の身体は、本来、昼間には交感神経系の働きが優越するという機能変化の方向をとり、人間が起きて活動するのに適応した状態をもたらすのに対し、夜間は、副交感神経系の働きが優越するという機能変化の方向に変わり、人間が眠るのに適応した状態をもたらし、起きて活動するには不向きな状態である。人間の身体には、本来、右のような生理機能の昼夜リズムが備わっているので、夜勤に従事するということは、生理機能固有の変動の方向に逆らうことを意味し、夜勤に従事すること自体による疲労の度合いが多くなるのに加えて、右疲労回復のための睡眠は、人間が眠るのに不向きな状態の昼間に取ることになり、生体リズムの作用と環境刺激によって、量、質ともに不足したまま推移する。したがって、疲労回復と健康保持のためには、夜業期ごとの生体負担を軽減し、その前後の休養を確保することが重要であり、夜勤時の仮眠が効果を有するとされる。また、夜勤従事者の場合、社会的刺激と自己の時刻意識により、それまでの日内リズムが強固に残存し、夜業昼眠生活に対する完全な慣れは生じない。これに対し、夜業を一日で止める場合には、生活時刻の位相ずれによる混乱が実質的に少ないうちに正常の昼業夜眠に復帰しうる。
以上の事実が認められ、右事実によれば、原告らの従事した二日連続夜勤を含む交替制勤務は、夜勤での疲労が大きく、完全な疲労回復のための睡眠が妨げられるということによる疲労が残り、さらに、その後の勤務による疲労を積み重ねるという傾向が予想される勤務形態であるといえる。
一方、<証拠略>によれば、作業員は、第一夜勤の場合、午前〇時から午前一時ないし午前一時三〇分までと午前三時ころに休憩を取り、午前五時三〇分ころから午前六時三〇分前には作業が終了すること、第二夜勤の場合、午前〇時から午前一時ないし午前一時三〇分ころまでと午前三時ころ及び午前五時三〇分ころから午前六時ころまで休憩を取ることが認められる。しかし、前認定のとおり、制度として仮眠時間は設けられていなかったこと、控室の椅子が夜勤時の出勤人員に比して少なく、横臥することはもとより職員全員が椅子に坐って休息を取ることができる状況ではなかったことなどを勘案すると、少なくとも、夜勤時には充分な休息、仮眠を取れる状況ではなかったと認めるのが相当である。
3 原告らの業務従事期間について
原告らが腰痛のため長期休業する以前に機内クリーニング作業に従事した期間は、前認定のとおり、原告野口については、昭和四七年三月一四日から昭和四八年六月二一日までの約一年五か月間と同年八月一三日から同年一〇月九日までの約二か月間であり、原告沼田については、昭和四七年四月一七日から昭和四八年二月一八日ころまでの約一〇か月間であり、原告高橋については、昭和四七年四月一六日から昭和四八年四月一日までの約一年間である。
4 腰痛症の発症、推移と業務内容との相関関係について
(一) 原告野口
原告野口の腰痛症の推移を見ると、前認定のとおり、昭和四八年一月には、上臀神経に圧痛があり悪化傾向にあったのに、同年二月初旬ころには一旦圧痛は消失したが、同月下旬には腰筋の圧痛が出現し、同年五月からは足底痛が新たに出現し、以降、大田病院で診察を受けるまでは、同一状態が継続していたものと認められる。これに対し、同年八月三一日、松井医師は症状が軽快している旨の診断をしているが、右診断内容においては、原告野口に圧痛がなお存在したのか否か、あるいはどのような点で症状が軽快しているのか詳細が不明であること、デイ勤務に従事していた同年七月二八日の嘱託医の診断時には腰筋、上臀神経の圧痛の存在が認められたのに、それから約一か月しか経過していないこと、加えて、原告野口は、同年八月三一日の時点では、同年七月二八日の時点より勤務時間、仕事の内容の両面で身体により負担があると考えられる、スイングデイ勤務の勤務形態により機内クリーニング作業に従事しており、症状軽減の原因となりうる事実も格別窺われないこと、<証拠略>によれば、原告野口はクリーニング作業への早期復帰を希望しており、松井医師にその旨を告げて、右内容の診断書を書いてもらったと認められることなどを考えあわせれば、同年八月三一日の時点でも、原告野口の症状は、同年七月二八日の嘱託医の診断時とほぼ同一の症状が継続していたものと認めるのが相当である。
さらに、原告野口の大田病院における腰痛症診断の推移を見ると、前認定のとおり、昭和四八年一〇月の大田病院での初診時には、ベルト下の腰の部分に自発痛あるいは圧痛が見られ、昭和四九年一月の時点で、第一二胸椎傍椎筋群、第三胸椎傍椎筋群に圧痛が見られるなど新たな圧痛の出現が見られたものの、同年二月下旬ころから痛みは軽快し、同年四月ころには明らかに症状の軽快が見られ、同年六月からは、午前中勤務の軽作業に従事できるまでに回復したことが認められる。
以上認定の事実と前認定の原告野口の業務従事期間と業務内容の変遷を対照してみると、原告野口は、昭和四八年六月二二日から同月三〇日までは休業、同年七月一日から同年八月一一日までは、午前中松井外科医院に通院しながら、デイ勤務によりステップ誘導作業をするなどし、同年六月の下旬から八月の中旬までは、それまで従事していた勤務形態あるいは勤務時間と仕事内容の両面において、より身体への負担が軽いと思われる作業に従事したにもかかわらず、明らかな症状の軽快は認められず、同一状態が継続していたと認められる。しかし、一方では、昭和四八年一〇月から休業した後は、約四か月で痛みは軽快し、約半年で明らかに症状の軽快が見られ、約八か月弱で午前中の軽作業に復帰できるまでに回復したことが認められる。したがって、少なくとも、休業期間中、原告野口の腰痛症が比較的短期間の間に軽快したことを認めることができる。
(二) 原告沼田
原告沼田の腰痛症の推移を見ると、前認定のとおり、昭和四八年一月から二月にかけて症状は悪化傾向にあり、同年三月には、圧痛はなお存在するものの一旦経過良好という状態となったが、以後も症状は軽快せず、同年八月には、ラセグー症候が左に七五度以内及び左下肢の痺れが出現し、さらに同月から同年九月にかけて症状は悪化傾向にあり、同年一一月には、左第一二胸椎の圧痛が新たに出現し、嘱託医が一週間の安静加療を要すると診断するまでになり、その後も症状は悪化傾向をたどった。そして、同年一二月には、左足外側に知覚鈍麻、左鼠径部、左大腿後面、下腿外側に痛みや痺れが出現し、同様の症状が昭和四九年二月まで継続していたが、同年三月には、足の痺れが取れるなど症状は軽快し、午前中の軽作業勤務に復帰できるまでに回復し、さらに、同年五月には自覚症状は軽快し、昭和五〇年四月ころには、それまで存在していた第三腰椎傍椎筋群及び臀部の圧痛も消失し、深夜勤を除く機内クリーニング作業に従事するに至り、以後は、昭和五二年一一月ころ腓骨後ろの痙攣があったものの、これも約二週間ほどで消失し、疲労時や天気の悪いときに腰が重く感じるという程度となった。
以上認定の事実と前認定の原告沼田の業務従事期間と業務内容の変遷を対照してみると、原告沼田は、遅くとも昭和四八年二月一八日以降、それまで従事していた勤務形態あるいは勤務時間と仕事内容の両面において、より身体への負担が軽いと思われるデイ勤務によるステップ誘導作業に従事し、また、同年一一月一六日から一週間休業をしたにもかかわらず、症状は軽快するどころかかえって悪化の傾向を示している。しかし、一方では、昭和四九年一月一八日から休業した後は、約二か月で午前中の軽作業勤務に就業できるまでに軽快しており、約一年三か月で深夜勤務を除く機内クリーニング作業に従事できるまでに回復している。したがって、少なくとも、休業期間中に、原告沼田の腰痛症は、かなり急速に軽快したことを認めることができる。
(三) 原告高橋
原告高橋の腰痛症の推移を見ると、前認定のとおり、昭和四七年一一月に下肢の倦怠感があり、嘱託医により就労能力の低下が認められ、昭和四八年三月から五月にかけて、腰筋の両側に圧痛があり、また、その症状は悪化傾向にあり、さらに、同年八月ころからは上臀神経の圧痛が加わり、同年九月には症状が悪化し、同年一〇月には、嘱託医によりコルセット装着の必要性が認められるようになった。そして、同年一〇月から昭和四九年六月にかけて、第三腰椎傍椎筋群、臀筋の圧痛、下肢の痺れや痛みが概ね継続していたが、同年九月下旬ころから軽快の徴候を見せ、同年一一月には午前中の軽作業勤務に復帰できるまでに軽快し、その後、昭和五二年六月ころまで第三腰椎傍椎筋群の圧痛、後屈時の痛みは継続したが、それ以降は、肩凝り及び腰痛が時々起こる程度となり、普通の状態では痛みはないという程度となった。
以上認定の事実と前認定の原告高橋の業務従事期間と業務内容の変遷を対照してみると、原告高橋は、昭和四八年四月二日以降、それまで従事していた勤務形態あるいは勤務時間と仕事内容の両面において、より身体への負担が軽いと思われるデイ勤務によるステップ誘導作業に従事したにもかかわらず、症状は軽快するどころかかえって悪化の傾向を示している。しかし、一方では、昭和四八年一〇月から、東京労災病院への検査のための入院を含めて休業した後は、約一一か月後ころから症状は軽快し、約一年一か月後には午前中軽作業勤務に就業できるまでに回復している。したがって、少なくとも、休業中に、原告高橋の腰痛症は軽快したことを認めることができる。
5 作業環境について
作業環境について検討するに、前記認定のとおり、折返し便については、航空機内は冷暖房がされていたのであるから、原告らの体調に影響を及ぼすような作業環境であったとは到底認め難い。また、ナイト帯については、夏は航空機内は外気温より高温となり、冬は特別暖房の措置が取られていなかったことからすれば、必ずしも、作業員にとって快適な作業環境であったとは認め難いものの、夏はダクトにより冷気が流入されていたことなどを勘案すれば、作業環境が、特に原告らの腰痛症の原因となる程度に劣悪なものであったとまでは認めるに足りない。
6 作業量について
(一) まず、月間直接工数の推移を見ると、前認定のとおり、月間直接工数1は、昭和四六年度中はほぼ横ばいないし微増であったが、昭和四七年六月から七月にかけて急増し、さらに、昭和四八年五月から七月にかけて急増し、その後、昭和四九年五月まで徐々に増加を続け、同月を境に漸減している。月間直接工数2についても、ほぼ同様の傾向が見られる。さらに、稼働率の推移を見ると、前認定のとおり、稼働率1については、昭和四六年度から昭和四九年度まで、ほぼ六五パーセントを中心にプラスマイナス一〇パーセント前後で推移しており、稼働率2については、昭和四六年度から昭和四九年度まで、ほぼ八〇パーセントを中心にプラスマイナス一〇パーセント前後で推移している。
加えて、月間平均直接工数の推移を見ると、前認定のとおり、平均直接工数1は、昭和四六年四月から六月にかけてと同年一一月から昭和四七年一月にかけて急増し、その間の昭和四六年七月から一〇月までは概ね漸増し、昭和四七年一月から同年四月にかけて急激な減少傾向を示した後、同年六月から七月にかけて再び急激に増加し、その後、同年八月に一旦わずかに減少したものの、昭和四八年一二月までは横ばいないし微増し、昭和四八年一月から二月にかけて急激に減少した後、同月から同年四月にかけて急激に増加して昭和四七年一二月ころの水準に復し、その後、同年一〇月までは漸増、同月以降昭和四九年七月まで、月によって増減はあるものの、概ね漸増し、同月以降は漸時減少の傾向で推移している。
平均直接工数2についてもほぼ同様の傾向を示している。なお、月間平均直接工数についての平均直接工数1及び2の各年度別平均値は、以下の表のとおりとなる。
昭和四六年度
昭和四七年度
平均直接工数1
一一〇・三三
一〇八・七五
平均直接工数2
一一五・四七
一〇五・三七
昭和四八年度
昭和四九年度
平均直接工数1
一二三・八八
一一三・一七
平均直接工数2
一二四・八〇
一一三・六〇
右表から見ると、昭和四六年度は平均直接工数1と同2の値がほぼ同一であるのに、昭和四七年度以降は、平均直接工数2すなわち職員のみによる月間平均直接工数が平均直接工数1すなわち職員に外注及び臨時を含めた作業従事者による月間平均直接工数を、およそ平均値で約一〇工数程度下回っている。
(二) 以上を前提に、原告らの作業量について検討すると、作業量全体の量が昭和四六年度から昭和四九年度にかけてかなり増加しているのに対し、平均直接工数2の値を見ると、昭和四八年度と昭和四九年度は、昭和四六年度に比して増加しており、ほぼ同一値であるのに対し、原告らが機内クリーニング作業に主として従事していた昭和四七年度の平均値は、昭和四六年度のそれより減少している。
そして、稼働率は、昭和四六年度から昭和四九年度にかけてそれほど大きな差がみられないことからすれば、昭和四七年度の職員の労働密度は、昭和四六年度、昭和四八年度、昭和四九年度に比すれば、むしろ低かったことが推認される。
しかし、一方で、昭和四七年度の特徴として、平均直接工数1及び同2のいずれも、昭和四七年六月に急激に増加したのに対し、昭和四八年二月には急激に減少するなど、仕事量に波があり繁閑の差が大きかったことがあげられる。また、平均直接工数1と同2の格差が昭和四七年六月を境に急激に増大しており、これは、外注及び臨時職員が平均直接工数1の値以上の月間平均直接工数を挙げていることを意味している。ところで、<証拠略>によると、外注職員やアルバイト等の臨時職員や応援者、いわゆるヘルプ用員は、技術面において、正規の客室課職員より劣るため、これらの職員などが増えると数値にはあらわれないもののクリーニング作業の品質の低下を来し、また、時間がかかり過ぎて工数の増加を来したり、クリーニング作業のやり直しをする必要がある場合があったことが推認され、<証拠略>によれば、原告らの就業していた客室第一課では、従来から臨時職員がいわゆる「立ちん棒」と呼ばれていて同社の札幌支店及び福岡支店に比して、正規の職員と同様の能率をあげていなかったことが推認される。したがって、外注や臨時職員などの正規職員に対する比率が増加した昭和四七年六月以降は、正規職員と同水準の技術や能率をあげられない者の作業を補完する正規職員の仕事量の負担をある程度は考慮せざるを得ないことになる。
(三) 以上よりすれば、原告らが昭和四七年度に従事した仕事量が、昭和四六年度、昭和四七年度及び昭和四八年度に比し、客観的な数量であらわされたものを比較した場合に、過重であったといえるかどうかについては少なからず疑問がありむしろ軽減されていたことが認められるものの、前記(二)後段で認定した事実に、昭和四六年度にもすでに腰痛による勤務制限者が存在していたことを総合考慮すれば、原告らの仕事量が、その腰痛症とは全く無縁なほど軽微であり、その発症をもたらすことはあり得ないほどのものであったとまではいえない。
7 原告らの腰痛を発生させる他の要因の有無について
(一) 原告らの素因
(1) まず、原告らの症状が、椎間板ヘルニアに起因しているとする被告AGSの主張について検討する。
① <証拠略>によれば、椎間板ヘルニアの臨床症状として以下の事実が認められる。
Ⅰ 病歴の特徴について
ア 主訴及び自発痛の出現域について
椎間板ヘルニアにおいては、第三腰椎棘突起の高さで圧痛、上臀神経の圧痛及び一側下肢への放散痛またはしびれ感が示すものが最も多い。また、自発痛の出現域については、下肢への放散痛が大腿部屈側より下腿外側まで認められるものは第四腰椎と第五腰椎間のヘルニアに多く、第五腰椎と第一仙椎間のヘルニアの場合はさらに足関節部を越えて足背外側へと放散痛を訴えるものが過半数を占める。
イ 疼痛の消長と再発
椎間板ヘルニアは、腰痛及び下肢放散痛の再発を繰り返すのが特徴で、初回の腰痛は一ないし二週間で一応緩解するが、大部分の症例では数か月後に再発し、一〇日前後から一か月ないし二か月間の休養を要するものもあって、その間漸次腰痛より下肢放散痛へと進むものが多く、気候の変わり目や過労したとき、または、わずかの不用意な体動で再発し、年に一回ないし二回程度の再発をみるものが過半数を占める。
ウ 疼痛増悪の条件について
椎間板ヘルニアによる腰痛、下肢放散痛は安静により軽快するが、体位変換など髄液圧を上昇させる動作ないしは姿勢あるいは長時間の起立とか歩行などで増悪し、ことに中腰位の姿勢維持が困難となる。また天候の変化、寒暖の変動、気候の変わり目に増悪、再発し、このような疼痛発作を繰り返して、歩行が困難となってくる。
Ⅱ 臨床所見の特徴について
椎間板ヘルニアにおいては、腰椎前湾の減少、消失の変化をみるものが、高率に認められる。ラセグー症候が両側に強く陽性を示し、ことにヘルニアの出ている側に著明で、その他の原因による腰痛ではそれほど強い陽性を示さないのに比べ特徴的である。ヘルニアでは、下肢の挙上ができるのが三〇度ないし四〇度に止まる。第三腰椎と第四腰椎の間のヘルニアの場合は、しばしば大腿神経走行に沿う圧痛及び大腿部前面及び内側寄りに知覚障害が認められる。第四腰椎と第五腰椎間のヘルニアの場合は、患者の足の親指の背屈力の減弱が高率に出現し、その左右差の度合いも大きく、第五腰椎と第一仙椎間のヘルニアの場合は、反対に底屈力の減弱が高率に出現し、その左右差の度合いも強い。これに対し、腓骨神経麻痺を主訴としたものは極めて少ない。また、足背部の知覚鈍麻が高率で出現する。腰椎下部のヘルニアの場合には、膝蓋腱反射に左右差はないが、アキレス腱反射が低下する率が高く、左右差が強く、しばしば消失をみる傾向が高い。
腰椎レントゲン線側面像で、その椎間腔を上下のそれと比較してみると、高率で椎間腔の狭小が認められる。
② 以下、椎間板ヘルニアについての右症状と原告らの前認定の症状とを対比して検討する。
まず、原告野口については、椎間板ヘルニアの病歴の特徴については合致する部分も認められるが、ラセグー症候、足の親指の背屈力や底屈力の減弱、足背部の知覚鈍麻、アキレス腱反射の低下などの椎間板ヘルニアの臨床症状の特徴が認められないことからすれば、椎間板ヘルニアと判断するのは困難である。
次に、原告沼田については、主として第三腰椎傍椎筋群及び上臀神経に圧痛があり、昭和四八年八月ころから左下肢の痺れを訴え、そのころからラセグー症候が左に七五度出現し、さらに両側に四五度となり、左第一足指の背屈力、底屈力の減弱、左足外側に知覚低下などの症状が認められたことからすると、椎間板ヘルニアの病歴の特徴や臨床所見について合致する部分が認められ、椎間板ヘルニアの可能性が存することを認めることができる。
さらに、原告高橋については、主として第三腰椎傍椎筋群及び上臀神経に圧痛があり、昭和四八年九月ころから左足親指の痺れのほかに、腰から左下腿、左下肢にかけての自発痛と、左足に七五度から八〇度位のラセグー症候が出現し、レントゲン線像により第三腰椎と第四腰椎間が狭小であると認められたことからすると、椎間板ヘルニアの病歴の特徴や臨床所見についても合致する部分が認められる。しかし、原告高橋は、前認定のとおり、東京労災病院に検査目的で入院し、脊髄腔造影術の結果、陰影欠損及び流通障害が認められなかったこと、その他様々な検査を受けた後、同病院の医師が椎間板変性症あるいは腰痛症と判断していることなどを総合考慮すると、椎間板に変性があることは認められるが、椎間板ヘルニアと判断することは困難である。
(2) 次に、原告らの症状が、脊椎分離症ないしはすべり症に起因しているとする被告AGSの主張について検討する。
① <証拠略>によれば、脊椎分離症及び脊椎分離に関連して発生したすべり症について以下の事実を認めることができる。
脊椎分離症は、レントゲン線像で上関節突起と下関節突起との間、いわゆる峡部に分離像が見られ、かつ腰痛や臀部痛などの臨床症状が伴う。分離症の発症に関しては、医学上、先天的な要因が一面をなしているといわれるが、スポーツ選手の約三割に見られることや、小、中、高校生のスポーツ選手と非スポーツ人を比較した場合、前者において有為に右症状が見られることから、後天的な要素としてスポーツあるいは重労働などが原因をなしていると考えられている。また、脊椎骨格の未成熟な少年期における密度の高いスポーツ活動、とくに野球、テニス、陸上競技、柔道など、腰のひねりの要素の強いスポーツにおいて、繰り返し加わる応力が峡部に骨疲労現象を生じ、分離を招くのであろうと推論する者もある。
その症状は、多くは、腰痛または腰臀部痛であり、下肢に放散痛など根症状を示すものは約一割と少なく、根接触因子を合併するものはまれであるが、特徴的なのは、背屈時の痛み及び長く立っているときの足、腰の痛みである。
② 以下、脊椎分離症ないしはすべり症についての右症状と原告らの前認定の経歴や症状とを対照して検討する。
原告野口については、入社時の腰部レントゲン線像により異常なしとされており、その後も脊椎分離症などが問題となりうるレントゲン線像も認められず、分離症の特徴とされる背屈時痛も認められないので、分離症あるいはすべり症と判断するのは困難である。
原告沼田については、前認定のとおり、小、中、高校時代に野球、テニス、サッカーなどのスポーツを行っていたこと、入社時のレントゲン線像で前湾増強とされていたこと、大田病院におけるレントゲン線像により第五腰椎の上関節突起が前方に押されていることが認められることなどを総合考慮すれば、軽度の脊椎分離症を呈していたことが認められる。
原告高橋については、前認定のとおり、青年期にかなりの重量のある木材の運搬をするなどの労働をしていたこと、背屈時の痛みがかなり長期間にわたって継続していたことなどを総合考慮すれば、脊椎分離症あるいは右症状にもとづくすべり症が存していた可能性を認めることができる。
(3) さらに、原告らの症状が、変形性脊椎症に起因しているとする被告AGSの主張について検討する。
① <証拠略>によれば、変形性脊椎症にみられる腰痛について以下の事実が認められる。
変形性脊椎症とは、脊椎レントゲン線像で椎体の骨変化が認められるもので、この椎体骨棘とともに、レントゲン線上、椎間関節の変形性関節症変化が高率で認められる。その臨床症状は、腰痛、下肢緊張感、疲労であり、ときに座骨神経痛様の下肢痛が認められる。これらの自覚症状は、一般に慢性に経過し、多少の消長を示しながら数年にわたって持続するものが多く、安静によって軽快し、労働その他の強い動作によって増悪する。その他、腰痛は朝の起きがけに感ずるが、身体を動かしていると痛みがとれる。天候、季節によって愁訴の増減がある。また、長時間の立位や歩行時に、漸次増強する腰痛、下肢痛、しびれ感など、脊椎管狭窄による症状を訴えることがある。他覚的所見は脊柱可動制限、腰部叩打痛、圧痛、脊柱湾曲異常、腰部の緊張感などであって、ラセグー症候陽性などのはっきりした根性座骨神経痛の症状をきたすものは少ない。
変形性脊椎症にみられる疼痛発生機序としては、一般に椎間板性疼痛、椎間関節性疼痛、肥厚した椎弓、椎間関節、後方骨棘形成などにより直接神経根や馬尾神経を刺激して生ずる神経症状、脊柱の変形に伴う傍脊柱筋の疲労による姿勢性腰痛などが考えられる。そして、椎間板性疼痛とは、後縦靭帯などに分布している脊髄神経硬膜枝を介しての痛みで、深部腰痛症、腰筋緊張、臀部、大腿後面に放散痛を誘発する。椎間関節性疼痛とは、関節包を支配する脊髄神経後枝内側枝を介しての痛みで、第五腰椎と第一仙椎間、第四腰椎と第五腰椎間の椎間関節の刺激では大多数に同側臀部に、小数例では大腿から膝までに放散する痛みを、第三腰椎と第四腰椎間では同側腸骨稜部に、第二腰椎と第三腰椎間、第一腰椎と第二腰椎間では上下に少しずれる同側腰部痛を生ずる。また、神経根の圧迫により椎間板ヘルニアと同様の根症状を生じたり、脊椎管狭窄により馬尾神経を絞扼すると、起立あるいは歩行時にしだいに増強する腰痛、下肢痛、しびれ感、脱力感により歩行困難となり、休息によって緩解する。
② 以下、変形性脊椎症についての右症状と原告らの前認定の症状とを対照して検討する。
原告野口については、変形性脊椎症の臨床症状について、合致する部分があることが認められるが、原告野口は、入社時の腰部レントゲン線像で異常なしとされ、その後も、変形性脊椎症が窺われるようなレントゲン線像も認められないので、変形性脊椎症と判断するのは困難である。
原告沼田については、変形性脊椎症の臨床症状について、合致する部分があることが認められるが、原告沼田は、全証拠によっても、レントゲン線像上において変形性脊椎症の特徴とされる椎体の骨変化などが認められないことから、変形性脊椎症と判断するのは困難である。
原告高橋については、変形性脊椎症の臨床症状について、合致する部分があることが認められ、東京労災病院におけるレントゲン線像により、第三腰椎と第四腰椎間、第五頸椎と第六頸椎間に軽度の変形があると認められたことを総合考慮すれば、椎間板変性による軽度の変形性脊椎症の可能性が存することを認めることができる。
(4) 以上より、原告沼田については、椎間板ヘルニアの可能性及び軽度の脊椎分離症への罹患、原告高橋については、脊椎分離症、すべり症及び変形性脊椎症の各可能性並びに第三腰椎と第四腰椎間、第五頸椎と第六頸椎間の軽度の各変形の存在が認められる。したがって、右両名については、右素因が腰痛に起因している可能性を認めることができるというべきである。
(5) そこで、原告らのうちとりわけ原告沼田及び原告高橋については、その腰痛症を、すべて右各素因に起因せしめることができるのかという点について検討をすすめる。
<証拠略>によれば、過労性腰痛に関して以下の事実を認めることができる。
過労性腰痛は、徐々に腰痛があらわれ、特別のきっかけがない。主訴としては、じっと坐っていたり、立っていたりすると腰が痛くなり、むしろ少し身体を動かしているほうが楽であり、また、あぐらをかいて坐った姿勢による痛みが強い。他覚所見としては、腰部の脊柱の両側の筋肉にこりと圧痛がみられ、人によっては、腰だけでなく背部にもこりや圧痛がみられる。上体を前後に曲げた場合、多くの場合に前屈時より後屈時に痛みがあり、腹筋力、握力、背筋力の低下や下肢に知覚低下が伴う場合もある。さらに、椎間板ヘルニアや脊椎分離症などの整形外科疾患と異なり、苛々しやすくなる、集中力が落ちる、頭痛、眩暈、吐き気がする、眼が疲れやすく、長い文章を読むことができなくなるなどの神経症状を伴っていることが特徴的である。右の様な神経症状を伴うのは、過労性腰痛が、筋肉の疲労のみでなく脳疲労を伴うことに起因すると考えられる。そして、右の見解は、労働衛生学の観点から職業病を専門的に研究している医師、学者らに支持されている見解であることが認められる。
右症状については、原告らの前認定の症状と対照してみると、原告らの症状はいずれも、右過労性腰痛の症状とほぼ合致することが認められ、特に、過労性腰痛の整形外科疾患と異なる特徴とされる集中力の低下や眼の疲れなどの神経症状が出現している(この事実は原告ら各本人尋問の結果と弁論の全趣旨により認められる。)ことが認められる。したがって、以上のとおり原告らについては、過労性腰痛症としての症状を備えていることが認められる。
ところで、<証拠略>によれば、椎間板ヘルニアの発症の誘発原因に関して、なんらかの誘因があって発症したものが過半数で、重いものを持ち上げるとか運搬するときが最も多く、次に、中腰位労働後も有力な誘因として考えられること、脊椎分離症やこれに基づくすべり症では、レントゲン線上分離を認めてもなんら自覚症状がない者も存し、これは、間接突起間部は知覚神経の分布に乏しいため、その部に骨疲労現象が起こっていても、また、分離が発生していても、その時点では直ちに痛みとして感ずるに至らず、痛みがないため、さらに運動による負荷が加わって自覚症を発するに至ると考えられること、変形性脊椎症でも、レントゲン線上に変化がみられても全例が愁訴を有するとは限らないこと、右症による疼痛の発生機序としては、脊柱の変形に伴う傍脊柱筋の疲労による姿勢性疼痛も考えられることが認められる。
(6) そして右において認定した事実に加え、原告らはいずれも、被告AGSで機内クリーニング作業に従事する以前には、これといった腰痛症に罹患していなかったことなど、原告らの腰痛症の発症、継続とその診断についての本件における前認定の全事実を総合考慮して検討すると、原告野口についてはもとより、原告沼田及び原告高橋についても、被告AGSの機内クリーニング作業が、右両名の前示体質的素因と並ぶ発病の一因として作用したことを否定することはできないのであって、原告らの疾病の発症とその継続は、医学的常識に照らし、原告らの従事した機内クリーニング作業に起因して生じたものと納得できるだけの症状を備えていたことが認められる。
(二) 原告らの業務外の生活内容
被告は、原告らは、勤務時間外の休息をとるべき時間に労働組合活動を行うことで自ら休息時間を短縮させ、もって疲労を蓄積させたことが原因で、腰痛を発症、継続させたと主張するので、この点について検討する。
まず、客観的証拠により明らかに認められる原告らの勤務時間終了後の残留時間の点について検討すると、前認定のとおり、原告野口については、昭和四九年七月、同年一〇月から昭和五一年二月にかけて及び昭和五〇年四月には、他の月に比べて残留回数が多くなっており、また、原告沼田については、昭和四八年一〇月から一二月にかけて、昭和四九年四月から七月にかけて及び同年一〇月から一一月にかけて、他の月に比べて残留回数が多くなっていることが認められる。右残留回数の多い月について、前認定にかかる右両名の腰痛症の病歴の経緯を対照してみると、原告野口については、右期間に症状の悪化の傾向は認められない。原告沼田については、昭和四八年九月ころから症状が悪化の傾向にあり、同年一一月中旬には一週間の休業を要するまでに症状が悪化しているが、その他の期間中については、症状の悪化の傾向は認められない。そして、昭和四八年一〇月から一二月までの原告沼田の残留回数が多い期間に原告沼田の症状に悪化傾向が見られたこと、<証拠略>によれば、過労性腰痛を回復させるためには休業して休むことが必要であると認められること、さらに原告らは、腰痛症の発症により被告AGSから相応の休業あるいは作業量軽減の措置を継続されていたにもかかわらず、後記認定のとおり、発症から治癒認定等に至るまでいずれも一〇年を超える長期間を要し、その回復ぶりははかばかしいものではなかったと解されることを総合して考えると、原告沼田はもとより、その余の原告らについても、勤務時間外の休息時間の多寡あるいは勤務外の生活内容が原告らの症状の悪化と治癒の遅延に影響を及ぼしたと認めることができる。
しかし、<証拠略>によれば客室第一課職員の腰痛者八二名のうち三〇名が非組合員であることが認められ、また、<証拠略>によればAGS労働組合において、組合役員経験者で腰痛症に罹患した者九七名のうち、組合加入時期以前(ただし、チェックオフ通知日の不明な者を除く。)または組合を脱退した以後に腰痛症に罹患した者が二八名いることが認められること、さらに、原告野口及び原告沼田は、前認定のとおり、休業期間中にも組合活動に参加しており、その意味では休息時間を減少させていたと思われるのに、両名とも休業により腰痛症の軽快がみられたこと、また、原告高橋については、原告野口及び原告沼田に比較すれば、問題になるような長時間残留もほとんどなく、全証拠によっても、右両名に比較して勤務時間外の休息時間を減少させたような事情も特に窺われないのに、原告高橋は、右両名の場合より休業による腰痛症の軽快までに時間がかかっていることなどを総合考慮すれば、本件においては、原告らの勤務時間外の休息時間の多寡が原告らの腰痛症の発症及びその継続についての主たる、または優越した原因となったとまでは認め難い。
8 結論
そこで、以上において認定した事実を前提に原告らの疾病と業務との関連について検討するに、原告らが従事した業務内容、業務量、業務従事期間、原告らの疾病の発症、その経緯と業務との相関関係などの諸事実に、大田労働基準監督署が原告らの疾病に対して労災認定をしたこと、嘱託医や日本航空健康保健組合事務局が、被告AGSの職員の健康調査や労働実態調査の結果に基づき、被告AGS職員の腰痛症が業務に関連する旨の推論をしていたこと、原告らと同様の業務に従事していた被告AGS東京支店客室一課職員の腰痛者名簿に登載されている腰痛患者の在籍人員に対して占める割合が昭和四七年六月ころから昭和四八年一二月ころにかけて約一割から二割となり、昭和四八年後半には二割を越えている月もあることなどその他の事情を総合考慮すれば、原告らのうち、原告沼田及び原告高橋については、その体質的素因という腰痛の発症ないし継続に競合する原因があったかもしれないけれども、原告ら全員につき、その有力な原因は、被告AGSの業務にあったと認めるのが相当であり、したがって、原告らの疾病と業務との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。
なお、被告AGSは、大田労働基準監督署の原告らに対する労災認定について、右認定が、原告らの所属する労働組合などの支援による多数の労働組合員の集団の圧力を背景としてなされたものであることなどを理由として、その正当性を非難するが、労災認定の手続過程において被告AGS主張のとおりの支援活動があったとしても、大田労働基準監督署が、原告らの症状について労災認定の要件を欠いているにもかかわらず、集団の圧力などにより労災認定をしたと認めるに足りる証拠はないし、前認定のとおり、大田労働基準監督署は、原告らの労災認定にあたり、被告AGSに立入調査を実施したうえ、被告AGS側からも参考資料の提出を受けたことが認められる。したがって、大田労働基準監督署の右認定は、労働災害などについて専門的知識を有する行政官庁による判断として、それなりの合理性を見いだしうるものと解するのが相当である。被告AGSの右主張は採用しない。
九被告AGSの安全配慮業務違反
1 使用者である被告AGSは、被用者である原告らに対して、雇用契約に付随する業務として、作業に従事する被用者の健康保持についてはもとより、被用者が、業務によると否とにかかわらず健康を害し、そのため当該業務にそのまま従事するときには、健康を保持する上で問題があり、もしくは健康を悪化させるおそれがあると認められるときは、速やかに被用者を当該業務から離脱させて休養させるか、他の業務に配転させるなど、従業員の健康についての安全を配慮すべき雇用契約上の義務があるというべきである。
特に、被告AGSは、腰痛についての専門的知識を有し、また被告AGSの業務内容を熟知している嘱託医により、被用者の就労能力、勤務能力を判断させていたことからすれば、嘱託医による診断の結果が確実に被用者の就労、勤務時間に反映されるよう適切な措置を取るべき義務を負っているというべきである。
また、使用者である被告AGSは、前認定のとおり、昭和三八年に実施された作業員の健康調査の結果、職員の腰痛症が被告AGSで行われる作業に起因することを示唆する嘱託医の調査結果が明らかとなり、それ以降も同一内容の調査結果が報告されていたことからすれば、一般的に疲労が腰痛症の一因となりうることに鑑み、少なくとも、作業に起因した疲労による腰部への負担を軽減するため、休憩時間、休憩場所の状況などについて必要かつ適切な措置を講じ、また、作業員が適切な休憩時間を取りうるような作業量にみあった人員を確保するなどの措置を講じるべき義務を負っていたというべきである。
2 そこで、被告AGSに安全配慮義務の不履行があったかについて、右の観点から検討を加えることとする。
前認定の事実及び<証拠略>を総合すれば、原告野口は昭和四八年二月二〇日に、原告高橋は昭和四七年一一月一四日に、それぞれ、就労能力が機内クリーニング可能のランクからエアコンないし国内ポーターなどの作業可能のランクへ一ランク低下したものと嘱託医から診断されたが、客室第一課の作業内容としてエアコンなどの作業に見合うものがなかったため、右原告らは、当時の上司から、いずれも、機内クリーニング作業のうちヘッドレスト作業などの軽い作業に従事しながら、自己の体調に合わせて作業内容を加重ないし軽減して作業に従事するよう指示を受けたが、次第に通常どおりの機内クリーニング作業に従事するようになり、右原告らの当時の上司は、右のような状況を認識していたにもかかわらず、被告AGSは、右原告らに対し、嘱託医のした作業軽減指示の内容どおりの作業に従事させるべく格別の指示をしなかったこと、原告沼田は、昭和四八年一月二七日、勤務能力がナイト勤務可能のランクからスイング勤務可能のランクへ一ランク低下したものと嘱託医から診断されたが、作業内容については、上司から、機内クリーニング作業のうちヘッドレスト作業などをしながら、自己の体調に合わせて作業内容を加重ないし軽減して作業に従事するよう指示を受けたものの、人員の調整がつかなかったため、同日以降同年二月六日までナイト勤務に従事することを同意してこれに従事したところ、同月七日、嘱託医から、勤務能力がスイング勤務可能のランクからデイ勤務可能のランクへ低下し、かつ就労能力が機内クリーニング作業可能のランクから最低のランクであるその他の軽作業可能へ低下したものと診断されたが、その後も約二週間、同僚と同程度の機内クリーニング作業に従事したことが認められる。
そこで、まず、原告野口及び原告高橋について検討すると、嘱託医の診断の結果、就労能力の低下が認められたのであるが、前記のとおり嘱託医の指示する作業内容に見合う作業が存在しないという場合には、被告AGSとしては、嘱託医に問い合わせるなどして、その指示する作業内容に見合うような作業を特定したうえ、これに従事するよう右原告らに指示すべきであったというべきである。また、たとえ、機内クリーニング作業のうちヘッドレスト作業がエアコンなどの作業に見合う程度の作業であるといえるとしても、被用者の作業内容の変更については、嘱託医等の医師にその当否についての検討を依頼し、医師の判断の結果を待ってなすべきであったというべきである。しかるに、嘱託医が就労能力の制限を認めた右原告らに対する被告AGSの指示は、一応は軽作業に従事するよう命じてはいるものの、被用者である原告らに自己の判断において作業内容を決定せよというに等しいものであるところ、作業内容については、腰痛症についての専門的な知識を有する医師により指示がなされているにもかかわらず、専門的な知識を有するわけではない被用者の判断によって具体的な作業内容を決定させるというのでは、医師に就労能力の判断をさせる意味が大きく失われてしまうことになるというべきであるから、被告AGSとしては、就労制限のなされた者が外観上から制限以上の作業を継続して行っているとみられる場合には、即時にその作業を中止させ、制限どおりの作業内容に従事することができるよう、他の作業に就労させるか、あるいは、被用者において嘱託医の診察を受けて制限以上の作業に耐えられることを被告AGSに対し明らかにするよう指示することが必要であったというべきであり、かつそのような管理体制を確保すべきであったということになる。
また、原告沼田については、嘱託医の診断により勤務能力の低下が認められた以上、被用者本人の承諾の有無にかかわらず、即時に、嘱託医による診断どおりの勤務時間への変更を命ずるべきであったというべきである。嘱託医の診断結果にもかかわらず原告沼田が従来どおりのナイト勤務に従事したのは、前認定のとおり、原告沼田の承諾があったこと及び人員の調整がつかなかったことによることが認められるが、腰痛症の専門家である嘱託医の診断結果が明らかになっている以上、本人の意向によって嘱託医の診断結果を健康に有害な方向へ左右すべきではなく、使用者としては専門家である嘱託医の意見に従うべき義務が存したというべきである。人員の調整がつかなったという点についても、そもそも、嘱託医により勤務能力の判断をさせるという制限を設けている以上、嘱託医の指示があれば、直ちにその指示に従えるだけの人員を確保しておくべきであるし、やむをえず人員調整のため嘱託医の指示に直ちに従えない場合には、人員調整のために必要な日時を確定するなどしたうえ、嘱託医に対し、右日時の間、その被用者が従来どおりの勤務時間に耐えられるかどうか問い合わせるなどして、嘱託医の意見を聞く必要があったというべきであり、かつそのような管理体制を確保すべきであった。また、原告沼田は、前認定のとおり、嘱託医による就労能力の低下が認められた二月七日以降も約二週間にわたり、同僚と同程度の機内クリーニング作業に従事していたのであるが、<証拠略>によれば、当時の原告沼田の上司は、嘱託医による右診断に基づき、原告沼田に対し、デスクワークを指示したところ、原告沼田の強い希望があってクリーニング作業のうちの一部作業に従事するよう指示したことが認められるが、嘱託医による就労能力についての診断結果が明らかになっている以上、本人の意向いかんにかかわらず、使用者としては、嘱託医の診断結果に従うべき義務が存したというべきであり、かつそのような管理体制を確保すべきであった。
なお、原告沼田が嘱託医の診断にもかかわらず、従来どおりのナイト勤務に従事した期間は、昭和四八年一月二八日から同年二月六日までの間であるが、同月七日の嘱託医の診断によれば、右期間中に原告沼田の勤務能力及び就労能力が相当に低下したことが認められたことからすれば、従来の勤務形態の継続自体が原告沼田の症状悪化に影響を及ぼしたことは否定しえず、右期間が比較的短期間であったことなどの事実は、被告AGSの安全配慮義務違反の有無を左右するものとはいえないというべきである。
以上のとおり、嘱託医の指示した作業内容に見合う作業内容が存在しない場合に、嘱託医に問い合わせるなどしてその指示する作業内容に見合う作業を特定すべきであった点、就労能力の制限を受けている被用者が通常の機内クリーニング作業に従事しているのを漫然と放置した点及び嘱託医の勤務時間変更あるいは就労能力低下の指示に直ちに従うべきであった点において、被告AGSは、嘱託医による診断結果が確実に被用者の就労、勤務形態及び勤務時間に反映されるよう適切な措置を取るべき義務があるのにこれを怠ったということができるのであって、被用者に対する安全配慮義務の履行に違反があったことは否定できないというべきである。
また、作業員の休憩場所については、連続二日の深夜勤務に従事する作業員らが、深夜の休憩時に全作業員が同時には椅子に座ることができず、床に座るなどして休憩を取る者もいたという状況にあったこと、また、昭和四七年後半以降昭和四九年にかけて、客室第一課職員の約一割ないし二割の者が腰痛を訴えて嘱託医の診察を受けていたことなど、前認定の本件にあらわれた一切の状況などを総合して勘案すれば、被告AGSは、原告ら作業員の休憩場所について十分な休憩を取れる設備を整備するなどの適切な措置を取るべき義務、また作業量に見合った適切な人員を確保すべき義務を怠ったということができ、この点についても被用者に対する安全配慮義務の履行に違反があったことは否定できないというべきである。
3 以上によれば、被告AGSは、被用者である原告らに対する安全配慮義務の債務不履行によって原告らに生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。
一〇被告JALの責任
1 原告らは、被告JALが原告らに対し債務不履行責任を負うべき法的根拠の一つとして、被告JALと原告らとの間には直接の雇用関係はないが、本件のような場合は、被告JALは原告らに対して雇用契約における使用者が被用者に対して負う安全配慮義務と同様の義務を負うと主張するので、この点につき検討する。
雇用契約の当事者間において、使用者が労務の給付の場所、設備、機械、器具等を供すべき場合は、使用者が被用者に対してその生命及び健康につき危険を生じないように注意する義務すなわち安全配慮義務を負うと解されており、右義務は雇用契約あるいはこれと同視しうる契約の当事者間において、当該契約の付随義務として使用者が労務提供者に対して信義則上負う義務と解される。そして、被告JALと原告らとの間には、直接の契約関係は存在しないが、注文者たる被告JALと請負人の被用者である原告らとの間に雇用契約が存在するのと同視しうるような管理支配、使用従属の労働関係が成立している場合、そこには雇用契約の当事者間において安全配慮義務が信義則上発生する根拠となるのと同様な社会的接触関係が成立しているものと評価しうるので、右労働関係上の信義則に基づいて、注文者被告JALは請負人被告AGSの被用者である原告らに対して、請負人と同様に安全配慮義務を直接負担し、右安全保護義務を怠って労働災害を発生させしめた場合には、債務不履行により損害賠償責任を負うに至るというべきである。
もっとも、安全配慮義務が、使用者の労務指揮、労務に対する支配権に付随する義務であることからして、注文者である被告JALは、請負人である被告AGSの被用者に対して、外形上被告JALの注文ないしは指示に基づいてなされる被告AGSの業務の範囲内に含まれるすべての行為について安全配慮義務を尽くす責任を負うものではなく、右被用者に対する被告JALの指揮監督、管理支配の関係が及んでいる場合にのみ、その管理支配の範囲において安全配慮義務の責任が問われることになるのであって、単に被告AGSが被告JALの指揮監督等を受け、かつ被告AGSの被用者の行為が外形上被告AGSの業務の執行についてなされたというだけでは、被告JALの右責任を問うことができないことは、安全配慮義務が認められる前記の実質的根拠に照らして当然というべきである。
そこで、以上の観点から被告JALと原告らとの間に、被告JALが安全配慮義務をつくすべきことを認めうるような使用従属の労働関係が成立しているか否かについて判断することになるが、その前提として、被告JALによる被告AGSの実施する作業工程の把握、工程に関する届出、承認の有無、被告AGSの作業方法等に関する被告JALによる指揮監督等の有無、被告AGSの作業時間、作業人員などの被告JALによる規制の有無、被告AGSの作業場所の被告JALによる管理の有無、被告AGSが被告JALの専属的下請関係にあるか否か、被告AGSが被告JALの組織的な一部に組み込まれているのか否かなどの点を検討することとする。
2 作業工程の把握や作業方法の監督などの点について
(一) 作業工程の把握など
<証拠略>を総合すれば以下の事実を認めることができる。
被告JALは、運輸大臣の認可を受け、航空法に基づいて、被告JALの航空機に対する整備関係業務についての規制、基準などを定めているが、右航空機の整備の項目のなかに被告AGSが行うクリーニング作業が含まれている。そして、右整備基準によると、航空機の飛行経過時間を基準にして航空機の整備基準についてAからDまでのランクが設けられていて、それに対応して機内クリーニングの作業基準についてもNO1からNO5までのランクが設けられ、さらに、航空機の型毎に機内クリーニングの作業種目や作業内容が詳細に定められている。すなわち、作業種目については、必ず実施しなければならない種目と必要に応じて実施すればよい種目を規定し、作業内容については、クリーニングに使用する洗剤の種類、具体的なクリーニングの作業方法、洗剤の適用範囲が規定され、右作業基準に基づいて、航空機の型毎、機内クリーニングの作業基準のランク毎に機内クリーニング作業実施の細目が、被告JALにより定められている。
また、被告JALは、航空機の発着時間との関係で、標準的なクリーニングの開始時期と終了時間を設定し、右のような作業内容実施のための標準的な作業時間を規定している。
右のように規定された整備のための基準に基づいて、被告AGSは、被告JALの同意の上、機内クリーニングの作業内容をより具体的に規定した客室作業工程基準を作成している。そして、右作業工程基準については、被告AGSと被告JALとの本件地上業務委託契約によって、被告JALの同意を得なければ変更、改定はできないことが推認される。
さらに、被告JALは、一般的な整備基準の定めに基づいて、週毎及び日毎の整備計画表を作成し、どの型の飛行機についてどのランクの機内クリーニングを実施すべきかを明らかにしている。
以上認定の事実によれば、被告JALは、法令に基づく整備基準を定めて、原告らが従事した機内クリーニング作業の内容、作業方法、標準的な作業時間を規定することによって、右作業の工程を把握しており、作業工程の変更、改定については、被告AGSに対して、被告JALの承諾を得ることを要求していたものと認めるのが相当である。
(二) 作業についての指揮監督など
(1) 作業内容の指揮監督について
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
被告JALのステーション業務調整部に所属するランプコーディネーターは、出発便毎に航空機の現場で種々の作業の進捗状況を確認し、乗客の搭乗時間の決定、定時に航空機を出発させるために必要な情報を管理し、必要な措置を講ずるなどの任務を果たし、被告JALのライン整備工場に所属するインスペクターは、被告JALの客室整備課のメカニックの実施した整備の確認及び機内クリーニングの領収検査を行うという任務を果たし、被告JALの運行整備課に所属するコンプリーターは、航空機の出発態勢の完了を確認するという任務を果たしている。
ところで、被告JALは、機内クリーニング作業に関して、作業態様のランク毎及び航空機の型毎の作業項目と作業方法を記載したいわゆるクリーニングカードという書面を発行し、被告AGSの機内クリーニング作業に従事する職員のうちの一人すなわち作業リーダーと呼ばれる者がこれを所持し、機内クリーニングが終了すると、右作業リーダーが右クリーニングカードに作業完了確認の意味でサインをし、さらに、折り返し便については、コンプリーターが検収の意味で右クリーニングカードにサインをし、その他の機内クリーニング作業については、インスペクターが検収の意味で右クリーニングカードにサインをして検収を実施していた。
この検収の実態については、NO1及びNO2クリーニングについては、日常の定例作業で一定の品質が確保されていること及び航空機の安全飛行には直接支障がないという理由で、被告JALのコンプリーターあるいはインスペクターは、書面に検収の意味のサインをするのみで、実際に機内クリーニング作業の成果を確認するということは事実上行っておらず、NO3クリーニングについては、ほぼ同様に書面による検収をするのみであるが、被告JALの客室整備課のメカニックの点検に付随して機内クリーニングの成果について実際に点検することもあったこと、これに対して、NO4クリーニングについては、機内に入って作業終了の確認を行ったうえ、書面に検収の意味でサインをしていた。
機内クリーニング作業について注文どおりの作業が実施されていない場合、被告JALのコンプリーターあるいはインスペクターは、被告AGSの職員が航空機内にいる場合には、作業リーダーや個々の作業者に口頭で作業修正を指示し、作業者がすでに航空機にいない場合には、スコアークカードという書面で不具合箇所を指摘して、被告AGSのデスクに対し作業の修正を依頼するという方法が取られた。
また、航空機の駐機時間の間隔が、航空機の到着の遅れや気象条件などによって短くなり、定時に航空機を出発させるために機内クリーニング作業の一部を割愛する必要が生じた場合において、航空機の延着が予め予想されたときは、コンプリーターと被告AGSのチーフコントローラーが協議をしてどの作業項目を割愛するかを決定するという手順をふんでいたが、航空機の延着が予め予想できなかったときは、正式には、ランプコーディネーターまたはコンプリーターと被告AGSの作業リーダーが協議をしてどの作業項目を割愛するかを決定するという手順をふむべきものであるが、事実上は、ランプコーディネーターが、作業リーダー以外の被告AGS職員に対しても、作業割愛の指示を適宜していた場合が多かった。
これに対し、<証拠略>には、作業の割愛については、被告AGSの作業リーダーから作業内容の割愛についての意見の具申を受けて、作業リーダーと合意の上割愛部分を決定しており、作業リーダー以外の被告AGS職員に対して作業割愛の指示を行うことはなかったという部分があるが、定時に航空機を出発させるため時間に追われている最中に、ランプコーディネーター等が、常に作業リーダーを呼び出して協議を行うということは必ずしも合理性があるとはいえないし、定時に航空機を出発させるという目的のためにいわば共同で作業をおこなっているといえる、自己の周囲で作業をしている被告AGS職員に対して作業割愛あるいは作業の早期完了の指示を行っていたと見るのが自然であり、前掲証拠に照らしても証人横見の右供述部分は直ちに採用できない。また、作業リーダーとの協議の結果により割愛部分を決定した場合であっても、作業リーダーも被告AGSの一職員にすぎないのであるから、被告JALのランプコーディネーター等は、航空機内で現実にクリーニング作業を実施している作業員の一人である作業リーダーを介して、個々の被告AGS職員に作業割愛あるいは作業の早期完了の指示を行ったと評価することが可能である。
以上認定の事実によれば、少なくとも、折り返し便については、被告JALのランプコーディネーターが定時に航空機を出発させるために航空機に関して行われる種々の作業の進捗状況を確認する任務の一担として、機内クリーニング作業の進捗状況を確認し、駐機時間が短縮された場合の作業の割愛を被告AGS職員に指示するなど機内クリーニング作業内容の指揮監督を行い、また、被告JALは、前認定の限度について被告AGSとの間の機内クリーニング作業に関する一種の仕様書と評価できるクリーニングカードにもとづいて作業結果について点検を行い、スコアークカードという書面に基づいて作業の是正を求めることで作業内容の指揮監督を行っていたと認めるのが相当である。
(2) 作業時間、作業場所についての指示
<証拠略>によれば、被告JALは、国内線航空機につき、月間スケジュール表により航空機の地上滞留時間や座席数についての情報を、週間運行整備作業予定表により、タイムチェック作業の時間ないし作業予定時間についての情報を、一日の運行スケジュール表により航空機の地上滞留時間についての情報を、シフト整備計画表により夕方から翌朝まで滞留する航空機についての情報を、それぞれ、被告AGSに与え、また、ITV(インダストリアルテレビジョン)の端末機を被告AGSの施設内に設置し、日常的に被告JALの航空機に関する便名、航空機の機番、出発予定時間、駐機場所、搭載量、到着予定時間、到着便の駐機予定場所、折返し便の使用便名などの情報を与えていたことが認められる。
3 作業時間などの規制の有無及び作業場所の管理などの点について
<証拠略>によれば、機内クリーニング作業は、航空機の地上滞留時間内に実施されるものであるから、右作業に従事する作業員の作業時間、作業場所及び作業に投下すべき作業員の人数は、被告JALの航空機の運行時間や便数によって決定されることが認められる。また、機内クリーニング作業を実施する場所は、被告JALが所有する航空機内であり、右作業に従事する作業員の作業場所は、被告JALの管理下にある。
4 専属的下請関係か否かの点について
<証拠略>によれば、以下の事実を認めることができる。
被告JALと被告AGSは、被告AGSにおいて、被告JALが運行する航空機及び被告JALが契約を締結している他社の運行する航空機に関して地上業務を行うこと、また、地上業務以外であっても、被告JALの要求があれば可能な限りその業務を実施することとし、さらに、業務取扱いの順位に関して、被告AGSは、被告JALの運行する航空機に関する地上業務を他社の運航する航空機に関する業務に優先して実施する旨約している。この両者間の地上業務委託契約は、概ね国際航空運送協会標準契約書に準拠したものであり、他の同業他社と比較しても通常かつ標準的なものであるが、被告AGSが被告JALの航空機に関する業務を優先的に実施する旨の約款は、右標準契約書に則ったものではない。なお、被告JALがKLMオランダ航空あるいは新潟交通との間で締結している地上業務委託契約には、右のような約款は含まれていない。
さらに、被告AGSの取引高に占める被告JALの割合は、昭和四三年から昭和四七年ころにかけて約八〇パーセント前後を推移しており、昭和五〇年には、被告JAL及び被告JALを経由した外国航空会社からの収入が、被告AGSの全収入のうちの九六パーセント(被告JALからの収入が七七パーセント、外国航空会社からの収入が一九パーセント)を占めていて、被告AGSは、営業収入の面からも被告JALと極めて密接な関係にあり、他の関連会社の比ではなかった。
以上認定の事実によれば、少なくとも、昭和四三年ころから昭和五〇年ころにかけて、被告AGSは被告JALから機内クリーニング作業を含む地上業務を専属的、包括的に請負っていたというべきである。
5 被告AGSが被告JALの組織的な一部といえるか否かの点について
(一) 被告AGS設立の経緯
<証拠略>によれば、被告JALの前身である旧日本航空株式会社は、昭和二七年七月一日、外国航空会社との共同出資により、メカニカルな航空機の整備作業及び機内外のクリーニング作業、旅客手荷物及び航空貨物の搭載作業などいわゆるランプサービスを業務とする日本航空整備株式会社を子会社として設立し、さらに、被告AGSは、昭和三二年三月に日本航空整備株式会社のランプサービス部門を右会社の業務内容から分離した形で設立されたことが認められる。
(二) 被告AGSと被告JALの資本関係
<証拠略>を総合すれば、被告AGSの発行済株式総数のうち約八五パーセントは現在まで被告JALが所有し、昭和四二年三月の時点では、被告AGSの本社及び支社の施設の大半は被告JALが所有していており、被告AGSは被告JALからほとんどの施設を貸与されていたこと、昭和四六年ころ、被告AGSは、その作業に必要な機材、例えば整備作業関係について、ラバトリートラック、ウォータートラックなどを被告JALから貸与されていたことが認められる。
(三) 被告AGSと被告JALの人的関係
<証拠略>によれば、昭和三二年の被告AGS創設以来昭和五二年に至るまでの被告AGSの役員の大多数は、被告JALの役員との兼任あるいは被告JALの役員であった者が被告AGSの役員となるといういわば被告JAL関係者であったこと、昭和三二年から昭和三八年まで被告JALの子会社であった日本航空整備株式会社から被告AGSへ、右会社が被告JALに合併された後は被告JALから被告AGSへ派遣された社員は、被告AGSの主要な役職、管理職についた後、大多数の者が被告JALへ復帰するという人事が行われていたこと、また、被告AGSと被告JAL間の地上業務委託契約の締結にあたり、ある時期には被告JALの社員の立場で右契約締結責任者として交渉業務に従事していた者が、別の時期には、被告JALから被告AGSへ出向して、被告AGSの社員の立場で右契約締結責任者として交渉業務に従事するという人事も頻繁に行われたことが認められる。
(四) 被告AGSの業務と被告JALの航空機運航業務との関係
被告AGSが行っている業務は、前認定のとおり、航空機の機内外のクリーニング作業、旅客の手荷物や貨物の搭載作業などいわゆるランプサービスといわれる作業であるが、この作業は、被告JALが航空機による旅客や貨物の運送業務を行う上での補助的な業務ではあるが、必要不可欠な業務とみることができ、特に機内外のクリーニング作業は、航空機の安全かつ快適な飛行を確保するという目的を達成するための広い意味では航空機の整備の一範疇に属する作業と解することが相当である。
(五) 被告AGSの人員計画、予算計画などについての被告JALの関与
<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告AGSと被告JALとの間の地上業務委託契約締結は、昭和四六年度までは、被告AGSが被告JALの業務を受託するに当り必要とされる経費を項目毎に積み上げ、積上げた額に一定の利益を加算して、請負の対価となる契約の基礎額を算定するといういわゆる経費積上げ方式が採用され、昭和四七年度以降は、必要経費を人件費、外注委託費、償却費、その他の一般経費という四つの経費にわけて、それぞれの値上げ率を定めるといういわゆるフォーミュラー方式が採用された。
(2) 経費積上げ方式の場合においては、被告AGSは、その策定した人員計画、地上機材配備計画、予算計画などを被告JALへ提出していた。
人員計画が地上業務委託契約締結にあたり被告JALへ提出されたのは、被告AGSの総経費の中で人件費が一番高い比率を占めるため、その元になる人員計画が契約交渉の上で、重要な要素となるからである。右人員計画については、各作業項目についての人員編成に関する資料も提出される場合があり、これにより、被告AGSが受託業務を遂行するにあたり全体として必要とされる総人員数及び個別作業によって必要とされる人員数が、被告JALに対し、明らかとされる。この被告AGSが策定した人員数について、被告JALは、右人員数が、被告JALの運行計画にみあう業務を処理するに足る人員数であるかという観点から検討を加えて被告AGSと折衝し、人員数が修正された上で合意が成立し、契約が締結されることもある。
また人員計画に関連して、被告JALは、昭和四〇年度には、被告AGSの腰痛者に対する対策について、被告AGSのとるべき措置として恒久的作業不能者を整理し、他は腰痛の程度により単純作業への吸収あるいは人員計画に腰痛者を折り込むなどの具体的な方法を提案し、その後も腰痛者に対する対策を提案したこともあった。
予算計画については、人件費を含む会計学上の各経費についての資料が被告AGSから被告JALに提出され、右各金額の詳細が明らかとされる、その際、人件費についても、被告AGS職員のベースアップ率を含んだ給料、賞与、退職金積立金の金額が明らかにされる。被告JALは、右各金額について検討を加えて被告AGSと折衝し、金額が修正された上で合意が成立し、契約が締結されることもある。
また、被告JALは、被告AGSの売上高利益率についても、適正な利益率がどこにあるかの検討を行い、契約交渉の結果に反映させていた。
さらに、被告AGSが被告JALから受託する業務のうち、旅客誘導、上屋、貨物関係のいわゆるはりつけ部門については、ペイロール料金が適用になる。右ペイロール料金とは、被告AGSと被告JALの間で合意されたはりつけ部門の人員数について、いずれも一人あたり一か月間の、給与、賞与、退職金繰入、福利厚生などの費用を含んだ人件費、人員関係費すなわち制服費、教育費、交通費などの費用及びこれらの作業を補助する部門の経費に相当する一般管理費を合計した金額で被告AGSと被告JALの合意に基づく契約料金が決定され、右金額は、はりつけ部門の被告AGS職員のみならず、その一般職員の一人あたりの平均人件費、人員関係費、一般管理費の実額として、契約が締結される。
(3) フォーミュラー方式の場合においては、被告AGSと被告JALとの間で各経費の値上げ率についての交渉がなされる方式となっているが、右方式採用後も、被告AGSは、被告JALに対し、各年度の契約更改前に被告AGSの人員計画を被告JALに対し提出することが取り決められていた。
また、被告JALは、常時、被告AGSの経営基盤の強化を目指し、その経営基盤分析のための資料として、被告AGSから、人員計画のほか、予算計画、機材配備計画などの提出を受け、被告JALは、これらの資料に基づいて、被告AGSの経営基盤の確立あるいは内部留保の充実をはかるために、被告AGSの売上高利益率をどこに設定するのが適正かということを日常的に検討していたことが認められ、契約更改交渉の過程での値上げ率の設定に際して、右検討結果が考慮されて、両者の間で料金設定が行われていたことが推認される。
さらに、ペイロール料金については、基本的には、経費積上げ方式の場合と違いがなく、被告AGSは、右料金決定の資料として、職員の給与、賞与を決定するための資料を含んだ予算計画、人員計画を被告JALに提出していた。
(4) 以上認定の事実によれば、経費積上げ方式の場合は、被告AGSが策定した人員計画及び予算計画などの諸計画は、契約更改交渉の過程で、被告JALからの要求により修正を余儀なくされる場合もあるわけで、その意味では、被告AGSは被告JALの方針とは無関係に人員計画などの諸計画を立案しうる立場にはなく、被告JALは被告AGSの諸計画に影響を与えることができる立場にあったと評価するのが相当である。また、ペイロール料金の設定が一人あたり一か月あたりの実額で決定され、右金額が直ちにそのまま被告AGSの一般職員の平均額として料金が設定されたことからすれば、右金額が即被告AGS職員の平均賃金額になるとはいえないけれども、被告AGS職員の賃金決定の重要な要素となることは否定しできず、その意味で被告JALは、被告AGS職員の平均賃金額の決定に影響を与えうる立場にあったと評価できる。
そして、契約更改の方式がフォーミュラー方式に変更になった後は、契約交渉の段階で、計画そのものについての修正が要求されるということはなくなったとはいうものの、被告AGSの策定する諸計画は、被告AGSの経営基盤安定あるいは内部留保の充実をはかるという被告JALの方針により日常的に検討が加えられ、被告JALは、被告JALの右方針の実現という観点から適正と判断される被告AGSの売上高利益率を検討し、その結果が、契約更改交渉の際に考慮されていたのであるから、経費積上げ方式の場合と多少の程度の差はあっても、被告AGSは、被告JALの方針とは無関係に経営のために必要な諸計画を策定しうる立場にはなく、被告JALは被告AGSの諸計画を左右しうる立場にあったと評価するのが相当である。
また、ペイロール料金の決定に際しては、フォーミュラー方式の場合においても、契約更改交渉の段階で、被告AGSの人員計画、人件費を含む予算計画が提出され、一人あたり一か月の実額で料金設定がされていたのであるから、被告JALが被告AGS職員の平均賃金額に影響を与えうる立場にあったということは、経費積上げ方式の場合と基本的に異なるところはないというべきである。
6 以上認定の事実ないし事情を総合して検討すると、被告AGSは、被告JALのいわゆる子会社であって、両者には前記4及び5のとおり物的、人的その他の関係があり、また注文者である被告JALは、本件地上業務委託契約の請負人である被告AGSに対し、前記2及び3のとおり被告AGSの作業工程を把握し、その作業内容、作業時間、作業場所について指示ないしは介入し、また作業時間を規制し、作業場所の管理を行っているのであって、右認定の限度において、被告AGSの行っている地上業務を指揮監督し、あるいはこれを管理支配していると評価することができる。しかし、被告JALの行っている右限度における指揮監督あるいは管理支配は、請負契約の性質を有する本件地上業務委託契約の請負人である被告AGSに対し、右契約の履行を求め、あるいは契約の履行を求める前提としてなされているものであって、右契約における注文者としての地位に基づくものであり、これを超えるものではないと解され、したがってその指揮監督ないし管理支配は、いずれも被告AGSに対するものであり、被告AGSの被用者たる原告らに対するものではないと解すべきである。もっとも、被告JALの行っている右の指揮監督等は、前認定のとおりであり、被告AGSの行う作業工程その他の細部にわたり、しかも相当厳重に及んでいるのであるが、これは、被告AGSが行う本件地上業務が、航空機の運行の安全等に関し厳重な規制を受けている被告JALの行う航空機の運行業務に密接不可分のものであることに基づくのであって、その点について相応の合理性が認められるし、被告AGSの行っている本件地上業務の態様等は、前認定のとおり基本的に国際航空運送協会標準契約書に準拠している本件地上業務委託契約に基づく、通常かつ標準的なものであることをあわせ考慮すると、被告JALの指揮監督等が被告AGSに対するものであるとする前記結論に変更はないことになる。また、前記2(二)(1)認定のとおり、被告AGS職員に対し、被告JALの職員が直接に作業割愛その他の指示を出していたことなどが認められるけれども、右の指示等は、被告AGS及びその職員が行う地上業務が被告JALの航空機運行業務と密接不可分の関係にあることに基づき、注文者である被告JALが被告AGSに対して本件業務委託契約の履行を求めているものと評価でき、しかも原告ら被告AGSの被用者が、被告JALの職員のその程度の指示に従うことは、被告AGSとの雇用契約上の業務を履行する前提となっていると解されるから、被告JALの職員が行う右の指示等は、被告AGSの指揮監督に優先して、あるいはこれと並行してなされるものということはできず、むしろ被告AGSの被用者に対する指揮監督の内容をなすものであり、被告AGSに代行してこれを行っていたと評価すべきである。したがって、被告JALの職員が被告AGS職員に対し前記のとおり直接に指示等をすることがあるという事実によっても、以上の結論に変わりがないことになる。
そこで、以上の判断を前提に、前記1に記載した被告JALの原告らに対する安全配慮義務が認められる基準を本件に適用すると、被告AGSは、その業務について前認定のとおり、かつその限度において被告JALの指揮監督を受け、原告ら被告AGSの被用者の作業は、被告AGSの事業の執行についてなされていたことが認められるけれども、前記認定の事実ないし事情によっては、被告AGSの被用者に、被告JALの指揮監督、管理支配が及んでいたということはできず、本件において、他にこれを認め、あるいは推認させるに足る証拠も存しない。したがって、前記1の観点に照らし、また被告AGSが被告JALその他の対外的関係においても、被告AGSの被用者に対する雇用契約ないしはこれに付随する義務の履行という関係においても、独立した主体として十分対応できるに足る人的、物的な組織及び機能を有しており、現にそのように対応してきたこと(この事実は、弁論の全趣旨によりこれを認める。)をあわせ考慮すると、被告JALと原告ら被告AGSの被用者との間において、実質的に雇用関係が存在するのと同視できる管理支配、使用従属の労働関係が成立しているとすることはできないというべきであり、これを前提とする原告らの被告JALに対する責任を追求する主張は、失当というほかない。
7 原告らは、被告JALの責任として、以上のほかまず民法七一五条の使用者責任の主張をする。
しかし、前記認定の限度において、被告JALは、被告AGSの業務についての指揮監督、支配管理をしていると評価することができることは、前示のとおりであるが、他方、被告JALの右指揮監督等については、被告AGSの行っている本件地上業務が被告JALの航空機運行業務と密接不可分の関係にあることに基づく相応の合理性が認められること、また被告JALと被告AGSとの間の本件地上業務委託契約は、概ね国際航空運送協会標準契約書に準拠する通常かつ標準的なものであること、さらには被告AGSは、被告JALの子会社であるものの、対外的関係において独立した主体として対応できる組織及び機能を備え、現にそのように対応してきていることも前示のとおりであるから、これらの事情を総合考慮すると、被告JALと被告AGSとの間の本件地上業務委託契約は、独立した当事者間の請負契約を基本的に超えるものということはできず、したがって、被告AGSを被告JALの被用者ないし履行補助者またはこれらに準ずる者であると目することはできない。原告らの主張は、失当である。
次に、原告らは、被告JALは、被告AGSを指揮監督、管理支配することにより、同被告の雇用契約上の安全配慮義務を重畳的に引き受けている旨主張するが、その前提とする主張が失当であることは前示のとおりであり、また本件全証拠によっても、被告JALが被告AGSの業務を重畳的に引き受けたことを認めるに足りない。原告らのこの点についての主張も失当である。
また原告らは、被告JALは民法七一六条に基づく注文者としての責任があると主張する。しかし、前記認定事実によっても、注文者である被告JALに同条但書にいう注文または指図についての過失があると認めることができず、他に本件全証拠によっても、これを認めることができない。原告らの右主張も失当である。
さらに原告らは、被告JALには不法行為に基づく責任があるという主張をする。しかし、前認定の事実関係によっては、いまだ被告JALの行為につき違法有責な点があったということはできないことが明らかであり、他に本件全証拠によってもこれを肯認するに足る事実を認めることはできない。原告らの右主張も失当であり、これを採用することはできない。
なお、原告らは、他にも被告JALの責任について縷々主張するが、その主張は、いずれも被告JALと原告ら被告AGSの被用者との間に、実質的に雇用契約ないしはこれが存在すると同視できるような管理支配等の労働関係が成立していることを前提とするものであるところ、それが失当であることは既に前示したとおりであって、これらの原告らの主張は、すべて失当というほかない。
したがって、以上によれば、原告らの被告JALに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないといわなければならない。
第二抗弁等について
一訴えの変更(請求の拡張)の当否
被告らは、原告らが昭和六三年一二月二三日になした訴えの変更(請求の拡張)は訴訟手続を遅延させるものであるとして、その不許を求めている。
しかし、原告らの右訴えの変更は、原告らが本訴において当初賠償を求めていた損害に加え、訴え提起後に生じた損害部分の請求をそれまでの弁論及び証拠調の結果を前提として追加したものであるところ、これによる原告らの新たな主張(請求原因)については、当事者双方に多少なりとも攻撃防御の弁論を尽くさせる必要があるけれども、とりたてて取調に時間を要する新たな証拠調(とりわけ人証の取調)が必要になるものではないのであって(なお当裁判所は、現にそのような証拠調をすることなく本件の弁論を終結した。)、原告らの右訴えの変更によって、全体として本訴の訴訟手続が遅延するものとは認められない。のみならず、むしろ本件においては、右拡張にかかる部分を含めて、原告らの請求全体を一括して審理裁判する方が本件紛争の解決として両当事者にとっては有益であると解される。したがって、当裁判所は、原告らの右訴えの変更を許し、拡張された請求全体について、その当否を判断することとする。
二消滅時効の抗弁について
訴えの提起によって時効中断の効力が生ずる範囲について検討すると、一個の債権の一部にてのみ判決を求める趣旨であることを明らかにして訴えを提起した場合における消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ、残部には及ばないが、右の趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解し、この場合には、訴えの提起により右債権と同一性を有する範囲内の債権全部につき時効中断の効力を生ずるものと解するのが相当である。そして、明示的な一部請求か否かについては、訴え提起の時点で明確になっている金額全部を請求する態様を取っている場合には、特に残部は当該訴訟では請求しない態度が明らかにされていない限り、これを全部請求と解するのが相当である。
そこで、右観点から本件についてみるに、原告らは、本件訴状において、訴え提起時までに被った精神的損害、訴え提起の前月である昭和五〇年三月三一日までの逸失利益、弁護士費用を損害の項目として損害額を算定して、本件請求をしているのであるから、一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されている場合であるということはできない。
したがって、原告らの請求については、訴え提起時に債権全部について時効中断の効力を生じたものと解するのが相当であり、その後訴えの変更により拡張した請求部分についても、これを請求することを妨げないというべきである。
以上より被告AGSの消滅時効の抗弁は理由がない。
三帰責事由不存在の抗弁について
労働者の疾病につき業務起因性が肯定される以上、特段の事情がない限り、使用者側に右安全配慮義務の不遵守があったものと推定され、これを争う使用者の方で特段の事情を立証する責任を負うものと解すべきであるところ、被告AGSは、その従業員の腰痛症に対して、種々の施策を講じており、原告らの腰痛症の罹患及びその継続について責めに帰すべき事由は存在しないと主張する。
そして、被告AGSが昭和三八年以降、腰痛患者の診察のための診療所、レントゲン室を設置し、専門医による定期検診を実施し、従業員から腰痛の申し出があれば就業時間中に専門医の診察が受けられる態勢を取り、昭和四〇年五月以降、新入社員採用時及び登用時に特別検診を実施し、被告AGS体操を考案し、実施したこと、物品持ち運びの要領を図示した冊子を配付するなどして腰痛に関する知識の周知徹底を図ったこと、腰痛患者に対して服務上の便宜を図ったこと、腰痛患者に対して、配置転換、業務転換、休業などの措置を取ったことは当事者間に争いがない。
右事実によれば、被告AGSは、腰痛の早期発見、早期治癒を目的として相応に慎重な配慮を尽くし、かつ原告らに対しても、前認定のとおり腰痛症発症後に相応の措置をとってきた事実は認められるが、その業務に起因して原告らに前示疾病が現に発生していることからみれば、右の事実のみではいまだ被告AGSが機内クリーニング作業に従事する個々の従業員に対し充分な職業病予防対策を講じてきたとも言い難いし、他に被告AGSの全面的な免責を肯首しうべき特段の事情を認めるに足る証拠はない。
したがって、右抗弁は理由がない。
四過失相殺の抗弁について
1 腰痛症の発症及び継続についての勤務外の要因
過失相殺における過失とは、必ずしも法的義務違反としての過失である必要はなく、発生した損害の公平な分担という過失相殺の理念からして、損害の発生あるいは拡大につながった被害者の行為が、損害の分担をさせるほどの社会的非難に値するものであれば足りるというべきである。
そこで、原告らの勤務時間外の原告らの生活内容如何が、どのような場合に、腰痛症の発症や継続による損害に対して右にいう過失相殺の対象となる過失があったといえるかという点についてであるが、雇用契約当事者間において、雇用契約に付随して、被用者は、使用者に対して、勤務時間外に必要な休息を取ることによって、自己の労働力を再生産し、翌日の労働に備えるべき義務を負担しているとしても、被用者は使用者の包括的支配下にあるわけではないのだから、その休息の内容は、個々の被用者が自己に最もふさわしい方法で取ることができる自由を有するのであって、使用者が被用者の取る休息の内容、方法についてまでとやかくいうべき筋合いのものではない。したがって、たとえば極端に睡眠時間を減らしているなど、勤務時間外の生活、休息の内容が常軌を逸したものであって、社会常識上、社会人として極めて不合理、不規則な生活内容を継続していたという場合を除いては、損害の発生、拡大につながった被害者の勤務時間外の行動が、損害の分担をさせる程度に社会的非難に値するだけの過失があったとは認められないというべきである。
ところで、原告らの勤務外の生活内容、特に組合活動の状況及び原告らの勤務外の組合活動参加による休息時間の減少等が腰痛症の悪化と治癒の遅延、したがって原告らの損害の拡大について、何らかの影響があったと認められることは前認定のとおりである。しかし、原告らが参加した組合活動の内容は、全証拠によっても、日常生活上腰部に対して不自然な姿勢を強制されるような性質のものではあるとまでは認められないし、また、原告らが常軌を逸した組合活動参加により睡眠時間を極端に減少させたとまでは認めるに足る証拠もない。また<証拠略>によれば、腰痛症の治療については、安静を取るのみならず、身体を動かしてリハビリテーションを行うという方法があることが認められ、単に睡眠を取るなどして安静を保つことのみが腰痛の治療方法ではないことが認められる。
以上認定の事実によれば、原告らの勤務外の生活内容は、社会常識上、社会人として極めて不合理、不規則な生活を継続したものとまでは認め難く、腰痛の治療のためには、安静を保つのみでは充分ではないということなどを総合考慮すれば、原告らの勤務外の生活内容、特に組合活動の参加状況は、社会的非難に値する行為として過失相殺の対象となる前記観点における意味での過失であったと評価するには至らないというべきである。
もっとも、原告らの勤務外の生活内容が、以上のとおり、過失相殺の対象となる社会的非難に値する過失を構成するものではないとしても、原告らの勤務外の生活内容、特に組合活動への参加による休息時間の減少等が、原告らの腰痛症の悪化と治癒の遅延に影響を及ぼしていたことは、前記認定のとおりであり、また原告沼田及び原告高橋については、前記認定の限度において、その腰痛症の原因の一つとして、椎間板ヘルニア、脊椎分離症等の身体的素因に基づく疾病の可能性が認められることもまた前示のとおりである。そして、以上に加え、原告らは、前認定のとおり、腰痛症を発症した後、被告AGSにより休業あるいは作業軽減等の相応の措置を継続されていたにもかかわらず、後期認定のとおり、治癒の認定等がされるまで、いずれも一〇年を超える期間を要し、休業等により軽快した後の回復ぶりははかばかしいものではなかったと解される(なお、原告らが本訴で賠償を求めている損害のうち相当部分を占める得べかりし利益は、交替制勤務に従事した場合に支給される深夜加給手当等の額を、腰痛症に罹患し、交替制勤務に従事することができなかった前記期間中の損害として構成するものであり、腰痛症の発症をもたらす原因となった交替制勤務に原告らが従事することを前提とする請求であることも考慮すべきである。)ことをあわせて斟酌すると、本件において、被告AGSの管理支配の及ばない右事情を考慮することなく、腰痛症の悪化あるいは治癒の遅延等に基づく原告らの損害をすべて被告AGSに負担させることは、当事者間の信義ないしは公平の観点からして不当であることが明らかというべきである。
したがって、原告らの側に存する前記諸事情は、後記2の事情とともに、過失相殺の法理に準じた当事者間における信義ないしは公平の問題として、原告らの被った損害の算定にあたって、減額要素として考慮されるべきものということになる。
2 原告らによる嘱託医の受診拒否について
(一) 被告AGSの嘱託医による腰痛患者に対する診察は、被告AGSがその被用者に対する安全配慮義務を尽くすための一つの手段として行うものと評価することができ、したがって、嘱託医による腰痛患者の診察は、被告AGSの義務に属するものとみることができる。
それでは、被用者は、その嘱託医による診察を受診すべき義務を負うのかという点についてであるが、医療行為は、原則として、これを受ける者に自己の信任する医師を選択する自由があると解すべきである。なぜなら、医師による診察を受けるという行為は、診察に必要な限度において身体への侵襲を受けることになるとともに、個人的な秘密を知られることにもなるのであって、患者のプライバシーあるいは自己決定権が侵害される可能性のある行為だからである。したがって、被用者が使用者の指定した医師を希望しない場合には、被用者は他の医療機関を選択しうると解すべきである。しかし、被用者の選択した医療機関の診断結果について疑問があるような場合で、使用者が右疑問を抱いたことなどに合理的な理由が認められる場合には、使用者は、被用者への安全配慮義務を尽くす必要上、被用者に対し、使用者の指定する医師の診察をも受けるように指示することができるというべく、被用者はこの指示に応ずる義務があるというべきである。
そして、被用者が使用者の選択した医師による診察を受容することを拒否した場合には、前記のとおり被用者に右医師による診察を受けるべき義務が存在する場合はもとより、その義務が存在しない場合であっても、使用者は、被用者の受診拒否によって、安全配慮義務を尽くすべき手段を被用者自らの意思により退けられたのであるから、これにより使用者が安全配慮義務を尽くすことができなくなる限度において、義務違反の責任の全部または一部を免れるものと解するのが、損害の分担についての信義、公平の観点から相当というべきである。
(二) そこで、これを本件について検討すると、<証拠略>によれば、原告野口は昭和四九年四月三〇日以降、原告沼田は昭和四九年四月二三日以降、原告高橋は昭和四八年一〇月以降、嘱託医の診察を受けていないことが認められ、<証拠略>によれば、被告AGSは、被告AGSで腰痛患者管理のために作成された腰痛者名簿に登載されている腰痛者に対して、三か月毎に嘱託医の診察を受けるように指示していたこと、原告野口は昭和四九年五月に被告AGSから嘱託医の診察を受けるよう指示を受けたがこれに従わなかったこと、原告高橋は昭和四九年一一月に被告AGSから嘱託医の診察を受けるよう指示を受けたがこれに従わなかったことが認められ、これらの事実によれば、原告らは、右嘱託医の診察を最後に受けた日時以降、被告AGSからの受診の指示を拒否していたと認めるのが相当である。そして、<証拠略>によれば、大田病院における診断書はいずれも、右原告らについて病名と休業加療を要する旨あるいは数時間の短縮勤務が妥当である旨の、いわば診察の結果のみが記載されたものであったことが認められる。
ところで、<証拠略>によれば、被告AGSは、昭和四九年四月五日、大田病院長あてに、原告沼田の診断に関して、腰痛症や職員の就労に関しては、被告AGSの作業内容、勤務の実態を熟知している嘱託医による診断ないし意見によるべきものと考えている旨の文書を提出していたことが認められ、被告AGSは、大田病院の診断に対して疑問を有していたと推認されるのであるが、前認定のとおり、大田病院の診断書は診断の結果のみが記載されたもので、その診断に至る原告らの症状の推移、あるいは、診断に至る根拠が被告AGS側にまったく明らかにされていなかったこと、また、原告らはいずれもその前後の時期に嘱託医による診察を受けることを拒否していて、被告AGSとしては、原告らの腰痛症の症状の程度、推移を認識しえなかったことなどを考え合わせると、被告AGSが大田病院の診断について疑問を抱くについてはそれなりの合理性を認めうる。したがって、昭和四九年四月以降は、原告らは、定期的に被告AGS嘱託医の診察を受けるべき義務を負っていたというべきである。
したがって、以上認定の事実によれば、原告野口及び原告沼田は昭和四九年五月以降、原告高橋は昭和四九年四月以降、定期的に被告AGS嘱託医の診察を受診すべき義務があったのに長期間にわたってこれを怠り、被告AGSの果たすべき安全配慮義務履行の機会を自らの意思で拒否したものであり、この事情は、原告らの被った損害の算定にあたって、過失相殺に準ずる減額要素として斟酌すべきことになる。
3 以上を前提に、前記1及び2記載の諸事情が、被告AGSの負担すべき原告らの損害額を減少させる割合について検討すると、前認定にかかる原告らにも損害の負担をさせるべき右諸事情の具体的内容及びその背景に関する諸事実、これと対比される被告AGSの責任を基礎づける前認定の諸事情等及びその他本件記録にあらわれた一切の事情を総合すると、原告らの損害から減額されるべき割合は、原告らのそれぞれにつき二割が相当であると解される。
第三損害
一得べかりし利益
1 前認定のとおり、原告原口は昭和四八年六月三〇日まで(ただし、同月二二日から同月三〇日までは腰痛のため休業)、原告沼田は昭和四八年二月六日まで、原告高橋は昭和四八年四月一日まで、交替制勤務に従事したが、その後、交替制勤務に従事していない。また、<証拠略>によれば、原告らに労災認定を行った大田労働基準監督署は、原告野口及び原告高橋について、昭和五八年三月三一日をもって、また、原告沼田について、昭和五九年一〇月三一日をもって治癒の認定をしたことが認められる。
ところで、<証拠略>によれば、原告沼田は、昭和五〇年七月二九日から機内クリーニング作業に従事できるまでに回復していたところ、昭和五四年七月に糖尿病、肝障害で一か月以上の長期休業後、ステップとり外し作業に変更となり、以降、昭和五六年一月、同年九月、昭和五八年一〇月にそれぞれ肝機能障害などにより二、三か月間にわたり、長期休業をくり返したことが認められ、また、前認定のとおり、原告ら三名のうち、原告沼田が他の二名に比し、腰痛治療のための休業から復職までの期間は最も短く、腰痛症は急速に軽快したこと、また、原告沼田のみが、機内クリーニング作業に従事できるまでに一旦は回復したことなどを総合考慮すれば、原告沼田の治癒認定が他の原告らのそれより遅れたのは、主として、肝障害、糖尿病に起因するものと認められ、原告沼田の業務に起因する腰痛症の治癒の時期に関しては、原告野口、原告高橋と同様と解するのが相当である。
したがって、原告らの腰痛症は、いずれも昭和五八年三月三一日をもって、交替制勤務に従事できるまでに回復したものと認めるのが相当であり、右時期以降の原告らの主張する損害は、原告らが被告AGSの作業に従事したこととの間に相当因果関係は存しないと解するのが相当である。
2 <証拠略>によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 被告AGSにおいては、二二時から五時までの夜間勤務に従事した場合には、勤務時間数に応じて深夜加給手当が支給され、また、昭和四二年五月一日以降、所定就業時間中の勤務が二歴日にわたる夜間勤務の場合で、所定就業時間実働が八時間を越える場合には、当該勤務一回につき一八〇円の夜間勤務割増額が支給され、所定就業時間中の勤務の始業、終業時刻が二〇時から二二時三〇分未満にまたがる場合には、当該勤務一回につき五〇円の特殊時間帯出退勤割増額が支給される。そして、右手当の支払い期日は、各月分につき翌月二五日であることが認められる。
(二) 昭和四三年から昭和五〇年七月三一日までの、原告らが従事した勤務態様は、第一日目が午前九時から二一時までの日勤、第二日目が二一時三〇分から翌日の六時三〇分の第一夜勤、第三日目が二一時から翌日の午前九時までの第二夜勤、第四日目が夜勤明け、第五日が公休という五日を一サイクルとする交替制勤務で、昭和五〇年八月一日以降は、第一日目が八時三〇分から二〇時三〇分までの日勤、第二日目が二〇時三〇分から翌日の八時三〇分までの夜勤、第三日目が夜勤明け、第四日目が公休という四日を一サイクルとする交替制勤務であったことが認められ、他に右事実を左右するに足る証拠はない。
とすると、原告らが交替制勤務から日勤に変更になって以降、大田労働基準監督署から治癒認定を受けるまでの間に、交替制勤務についていたとすれば、右認定の深夜加給手当、夜間勤務割増額、特殊時間帯出退勤割増額が支給されるはずであったことが認められる。
(三) そこで、まず、深夜加給手当についてであるが、被告AGSにおける基準外給与は、基本的に、基本給、役付給、住宅手当、特技給、交替制勤務手当などの合計額である当該年度の計算基礎額を月間標準労働時間で除したものに一定の割増率を乗じて計算し、二二時から五時の間に勤務した場合は、勤務時間数に応じて右深夜加給手当が支給されるが、右手当の支給額を計算式に表すと、深夜加給手当の計算方法は、計算基礎額÷月間標準労働時間×割増率×深夜労働時間数(一回六時間×勤務回数)となる。そして、昭和四九年八月一日以前の月間標準労働時間は一六四時間で、それ以降は一六〇時間であること、深夜加給手当の割増率は、昭和五四年三月三一日までは、0.4で、それ以降は0.45であることが認められる。したがって、深夜加給手当は、昭和四九年七月三一日以前は、月間標準労働時間に一六四を、割増率に0.4を用い、昭和四九年八月一日から昭和五四年三月三一日までは、月間標準労働時間に一六〇を、割増率に0.4を用い、昭和五四年四月一日以降は、月間標準労働時間に一六〇を割増率に0.45を用いることで求められる。
なお、深夜加給手当支給の対象となるのは、昭和五〇年七月三一日以前は、第一夜勤及び第二夜勤日で、同年八月一日以降は、夜勤日であるから、原告らの右手当の対象となる勤務可能回数は、昭和五〇年七月三一日以前は、一定の期間の日数を交替制勤務のサイクルの日数すなわち五で除した数を二倍した回数となり、昭和五〇年八月一日以降は、一定の期間の日数を交替制勤務のサイクルの日数すなわち四で除した回数(以下これを「勤務可能回数1」という。)となる。したがって、深夜加給手当は、右数式の勤務回数に勤務可能回数1を用いることで求められる。
次に、夜間勤務割増額は一八〇円に右手当の対象となる勤務回数を掛けた額で求められるが、右手当の支給の対象となるのは、右深夜手当支給の対象となるものと同一であるので、夜間勤務割増額は、前同様にして求められる勤務可能回数1に一八〇円を掛けた額で求められる。
また、特殊時間帯出退勤手当の手当の対象となるのは、昭和五〇年七月三一日以前及び以降も交替制勤務時の日勤時であるので、原告らの右手当の対象となる勤務可能回数は、昭和五〇年七月三一日以前は、一定の期間の日数を交替制勤務のサイクルの日数すなわち五で除した回数となり、昭和五〇年八月一日以降は、一定の期間の日数と交替制勤務のサイクルの日数すなわち四で除した回数(以下これらを「勤務可能回数2」という。)となる。したがって、特殊時間帯出退勤手当は、右勤務可能回数2に五〇円を掛けた額で求められる。
以上のようにして求めた原告らの諸手当の対象となる勤務可能回数及び得べかりし諸手当の内容は別紙計算表1ないし3の各該当欄記載のとおりあり、原告らは同表各「手当合計額」欄記載の額の損害を被ったことになる。
二慰謝料
原告らは、前認定のとおり、被告AGSの業務に基づいて腰痛症に罹患し、それにより相当の精神的苦痛を蒙っていることが推認できるところ、右原告らの精神的苦痛を慰謝するためには、被害の程度、年齢等本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、各原告らそれぞれにつき一五〇万円の支払いをもってするのが相当である。
三過失相殺に準ずる損害の負担割合に基づく減額
以上より原告らの損害額(逸失利益及び慰謝料)の合計額は、原告野口について三五二万三九八八円、原告沼田について三四一万六一九二円、原告高橋について三五三万九二五六円となるが、原告らには前記第二の四で判断したとおり過失相殺に準ずる損害の減額要素が存するので、右割合二割を減じた額を計算すると、原告野口について二八一万九一九〇円、原告沼田について二七三万二九五三円、原告高橋について二八三万一四〇五円となる。
四損益相殺
原告野口は、前認定のとおり昭和四八年九月五日から同年一〇月九日までの間、五日サイクルの交替制勤務に従事しており、右期間中、前記諸手当を受給していたと推認されるので、右期間中の深夜加給手当一万一九七一円(58432÷164×0.4×6×14)、夜間勤務割増額二五二〇円(一八〇×一四)、特殊時間帯出退勤手当三五〇円(五〇×七)の合計額一万四八四一円は損益相殺されるべきである。また、原告野口は、前認定のとおり昭和四八年八月一三日から同年九月三日まで、スウィングデイ勤務に従事しており、<証拠略>によれば、午後九時までの勤務を三日と午後四時三〇分の勤務を二日、一日公休のサイクルであることが認められ、午後九時までの勤務時には特殊時間帯出退勤手当を受給していたと推認されるから、右期間中の同手当の合計額五〇〇円(五〇×一〇)は損益相殺されるべきである。したがって、原告野口につき、前記三認定の損害額二八一万九一九〇円から右損害額合計一万五三四一円を差し引くと、その額は二八〇万三八四九円と計算される。
以上より、原告らが被告らに対し賠償を求めうる額は、原告野口が二八〇万三八四九円、原告沼田が二七三万二九五三円、原告高橋が二八三万一四〇五円となる。
五弁護士費用
金銭債務の不履行を理由とする損害賠償請求事件訴訟を提起するために要した弁護士費用は、一般的には、右債務の不履行による損害に含まれると解することはできないが、少なくとも当該債務が債権者の生命又は身体を保護することを目的とするものであるときには、右債務の不履行に基づく損害賠償請求については、不法行為に基づく損害賠償請求と同様に扱うのが相当である。したがって、使用者が労働契約に付随して信義則上労働者に対して負う安全配慮義務に違反して損害を加えた場合において、その被用者が自己の権利擁護のために訴えの提起を余儀なくされ、訴訟遂行を弁護士に委任したときには、その弁護士費用は、事案の難易、容認された額など諸般の事情を考慮して相当と認められる範囲内において、右債務不履行と相当因果関係にある損害と解するのが相当である。そして、原告ら本件代理人に本訴の追行を委任し、かつ報酬の支払いを約束したことは弁論の全趣旨より明らかであるところ、本件の事案の性質、認容額等に鑑みると、原告らが被告AGSに対して賠償を求めることができる弁護士費用の額は、原告野口らにつきそれぞれ三〇万円と認めるのが相当である。
六以上より、被告AGSは、原告野口に対して三一〇万三八四九円、原告沼田に対して三〇三万二九五三円、原告高橋に対して三一三万一四〇五円を支払うべき義務があるといわなければならない。
第四結論
よって、原告らの本訴請求は、被告AGSに対し、
1 原告野口につき、前記損害金三一〇万三八四九円及びうち一五〇万円(損害金のうち慰謝料相当分一五〇万円から前記減額割合二割を控除した一二〇万円に弁護士費用相当分三〇万円を加算した合計額。以下他の原告らについてもこの計算方法に同じ。)に対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年五月一日から、うち別紙計算表1の各「認容額」欄記載の各金員(その額は、前記認定の同表各「手当合計額」欄記載の各金額から前記減額割合二割を控除した額によって計算される。以下他の原告らについてもこれに準ずる。ただし、原告野口については、前記損益相殺に対応する期間につき、右により計算された額から右損益相殺額を控除した。)に対する同表の対応各「起算日」欄記載の日(これらの日は、いずれも履行期以後の日である。以下他の原告らについても同じ。)から、いずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、
2 原告沼田につき、前記損害金三〇三万二九五三円及びうち一五〇万円に対する昭和五〇年五月一日から、うち別紙計算表2の各「認容額」欄記載の各金員に対する同表の対応各「起算日」欄記載の日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による遅延損害金、
3 原告高橋につき、前記損害金三一三万一四〇五円及びうち一五〇万円に対する昭和五〇年五月一日から、うち別紙計算表3の各「認容額」欄記載の各金員に対する同表の対応各「起算日」欄記載の日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の
各支払いを求める限度において、理由があるから、いずれもこれを認容し、被告AGSに対するその余の請求及び被告JALに対する請求は、理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官荒井眞治 裁判官三輪和雄 裁判官尾立美子)
別紙<省略>